short book
□Trick or treat!
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「トリックおあトリート!」
玄関の扉を開けると同時に、底抜けに明るい声が部屋に響いた。
「え、あ、カカシさん・・・こんばんは。」
ぺこりとお辞儀をして返す。
先ほど何か聞こえた気がするが、今目の前に立っているのがカカシさんだということは、あれは聞き違いか何かだったのだろう。
顔を上げるとにこにこした上忍の顔が目の前にあった。
「ええと。何かご用でしょうか。」
無礼の無いようにとこちらも笑顔で返すと、問われた本人は先ほどの聞こえた気がする言葉を繰り返した。・・・手を差し出しながら。
「トリック・オア・トリート!」
「はい?」
いい大人がまさかハロウィンの決まり文句を言っているとはまだ信じられず、自分の幻聴であるようにと半分祈りながら聞き返す。
カカシさんとは会って世間話くらいはする仲ではある。
ナルトがお世話になっている方だし、受付に座っているのだから当然顔を合わせる機会も多い。
しかし、一緒に飲みにいくなど親しい付き合いをしたことはない。
その程度の関係なのだから、今のようにいきなり冗談を言い合えるような仲では決して無い。
すると、ますます笑顔を濃くしたカカシ(片目しか見えてないけど目のカーブがはっきりと濃くなった)は、ますます発音を良くして、おまけに訳まで加えながら3度目の言葉を繰り返した。
「Trick or treat! お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃいますよ!」
「え、はい。」
今度はさすがに聞き違いではないことを確信せざるを得なかった。思わず肯定の返事をする。
ツッコミどころは山ほどあるが、同じことを繰り返すだけの大人(それも里一の忍び、写輪眼のカカシ)に理由を尋ねる勇気はイルカには無い。
カカシさんがここまでするということは、きっと相応の理由があるのだろう。
もしかしたらご友人の中での罰ゲームか何かかもしれない。ここはそっとしておいて、余計な詮索はしないでおこう。
うん。と心の中で頷くと、カカシには少し待つようにお願いして部屋の中に戻った。
飴のようなものくらいあるだろうと思ったのだが、食品棚にはお菓子と呼べるようなものは何も無かった。代わりに冷蔵庫を開けてみるが、チョコレートの一欠片さえ入っていない。
どうしようかと冷蔵庫の前で悩むイルカの目にある物が入ってきた。
「・・・ニボシでもよろしいでしょうか。」
ニボシを袋のままカカシに差し出すイルカ。幸い封の切っていないものがあった。
今の子どもはニボシなんてそのまま食べないだろうが、自分が子どものころは何もないときはよくかじったものだ。
にこにこしながら差し出すイルカの手の上のそれを、カカシはじっと見詰めた。
そして急に顔を上げたかと思うと、いきなり顔の半分を覆っていた布を下げイルカの前に左目以外の素顔を晒した。
「え!?カカシさ・・・んッ」
驚いたイルカの口をカカシのそれが塞ぐ。
一瞬の後、カカシは唇を離した。ぽかんと目を見開くイルカに
「にぼしはお菓子じゃありません。なので、悪戯をしました。」
そう、本当にイタズラっぽい笑みを浮かべるとカカシは口布を上げた。
それじゃ、お休みなさい〜。そう言い残して、後ろ手に手を振りながら去って行った。
「・・・変わった人だな。」
玄関に取り残されたイルカはぽつりと呟くと、口を拭きながら室内へと引き返した。
このときのイルカは、翌日から連日続くことになるカカシのアプローチを知るよしもない。
ニボシ≠お菓子