short book

□多忙な彼
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規則的に聞こえるキーボードの音。
半分夢の中でその音を聞いていた。

いつも忙しいシャルナークと会えるのは、平均月1回程度で。
良くて月2回。半年会えなかったことだってある。
それでもいいと思えるのは、私自身も仕事が忙しいから。


それに・・・シャルが好きだから。
好きだから、会えなくても我慢する。


そう思う。そう思い込む。

だけど、やっぱり寂しいときはある。
傍にいて欲しいときだってある。

嫌なことがあったら愚痴を聞いて欲しい。
美味しいものを食べたら、シャルにも食べさせてあげたい。
友達の恋愛話を聞いたとき―――。



時々、部屋の扉が閉まる音がして、廊下からくぐもった声が聞こえる。
電話をかけているんだろう。

忙しいんだな。
過労で倒れたりしないでね。

夢と現実を行き来しながらぼんやりと考える。


パソコンの終了音が聞こえて、部屋の電気が消える。
うっすらと開けた視界に見えたのは、午前4時を指す時計。

一人分空けたベッドの中に、シャルが入ってくる気配がする。
眠気と疲労から、寝返りをうって背後を振り返る力も湧かなかった。

ちゅっ

頬に触れる感触と軽いリップ音。
突然のことに思わず目が覚めた。

何が起こったのか考える前に、自分を包み込む腕があった。
首の下から差し入れられた腕と、もう一方の腕が優しく自分を抱きしめている。
自分の髪に、心地いい場所を探すように押しつけられるシャルの頬。
突然の状況にどきどき鳴る心臓。

すぐにシャルの寝息が聞こえ始めた。

畜生。
こんな単純なことで、ほんのさっきまで自分を支配していた不安が消えてしまうなんて。

現金な自分に呆れるしかなかった。


ゆっくり身体を反転させると、彼の唇にそっとキスをした。




あなたの無防備な寝顔を見られるのは、私だけの最高の特権。





『多忙な彼』




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