short book

□2nd
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“二つにひとつ。私と仕事、どっち取る?”

突然の質問にイルカは私の作った味噌汁を口に当てたまま止まってしまった。
それをにこにこと見つめる。

「どうしたの?濃かった?」

「いや、そうじゃなくて、」

歯切れの悪い言葉を吐きながら目をうろうろとさせる姿に思わず吹き出してしまった。
言葉の先がわかっているのにわざと知らぬ振りをする私もつくづく性悪だろう。
けれども、その嘘も今の反応でイルカにばれてしまったようだ。
顔を赤くして私を睨みつける姿は可愛らしい。余計怒らせることはわかっているのでこれを口に出すことはないが。

「・・・からかったな?」

「いやいや、本気ですよ?」

試すようににこりと笑ってやったが、イルカはじっと私の顔を見るとその言葉には何も答えず、また食事を始めてしまった。
完全にへそ曲げちゃったかな
なんて、試すようなことを言っておきながら反省もせずにそんなことを思ってしまう。
イルカの食べる姿を見ていてもしょうがないと立ち上がると、自分の使った食器を洗い始めた。
蛇口から流れ出る水の音と食器の無機質な音だけが部屋に響く。



「あ、ありがと。」

「ごちそうさま。」

いつの間にか食べ終えたイルカが、横から手を伸ばしシンクへと食器を置いた。
律儀にお礼を言うイルカはやっぱ可愛いと思う。

「ん?」

食器を置いてもその場を離れずにいるイルカを見上げると、彼は流れ出る水を眺めていた。不思議に思って訳を尋ねるようにすると彼は私に視線を移した。
愛想のいいイルカがいつになく真剣な眼差しで見つめてくるので、心臓の音が少し早くなる。

「どうしたの?」

思わず苦笑しながら尋ねると、イルカは時計の方へと視線を移してしまった。
変なイルカ
自分が変なのはいつものことだが、真面目なイルカがこのような曖昧な態度を取るのは珍しい。

「とりあえず体裁上、仕事。と言っておく。」

「へ?・・・ああ!うん。はい。」

一瞬何のことを言っているのかわからなくて、自分の言ったことを思い出すと慌てて返事をした。
そっかあ。仕事か。
言うやいなや、くるりと方向転換してリビングの方へと踏み出すイルカが実に彼らしいとくすりと笑みが漏れた。

「でも、いざとなったらお前を選ぶ。・・・と思う。」

ぼそりと呟いた彼の言葉が脳まで届くと、久しぶりに顔が紅潮するのを感じた。
リビングで新聞を広げた彼の顔も負けずに赤いのだろうと、ひそかに彼女は思った。

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