はじめて見たそれに壱与は瞳を輝かせた。
晴れた日の空を切り取ったような、青。太陽の光を反射しながらざざざと寄せては返すそれはどうやら水のようで、でも川や湖とは随分と違っていた。
それほどに綺麗なそれは一体何なのだろう。はじめて見るそれに対して訝しむよりも好奇心が勝った彼女はヒールを脱ぎ捨てて砂浜の上を蹴った。
寄せてきたそれに爪先を入れればひんやりと冷たい感触がそこを包む。
あまりの冷たさに身を引けば後ろから笑い声が響いた。
むっとなった壱与はギロリと細めた朱色の双眸を後ろにいる人物に向けた。いや、人物ではなく生き物か。
「モコナ、なに笑ってんの」
ぴょんぴょんと砂の上を跳びはねる白い生き物。遠慮のない笑い声をあげながらモコナは壱与を指差した。
「壱与おもしろーい。海はじめてなの?」
「海?」
首を傾げながら壱与は背後に広がる水を見た。
ああそうか。これが海なのか。
潮風の香りが鼻を擽った。海の香りをいっぱいに吸い込みながら彼女は微笑んだ。
「思ってたよりもずっと綺麗」
楽しそうに笑う壱与の表情につられてモコナも笑う。
砂浜の上を跳ねて移動したモコナは壱与の肩の上に飛び乗った。
「壱与は、すごく柔らかくなったね」
「なにが?」
眉を潜める壱与の頬をモコナは指でつんとつついた。
「表情なのー。前よりもよく笑うようになったよね!」
言われて素直にそうかもと納得する。
自分でもわかるほどに表情が豊かになったと思うのだ。
昔は少しも笑わなかったのに。
卑弥呼に出会ってからも、彼女の前でしか笑ったことはなかった。それなのに。
「どうしてだと思う?」
壱与の質問にモコナは笑顔を見せた。
「それはねー、楽しいからだよ。壱与は今幸せなのー」
モコナのおかげなのー、と調子にのるモコナの額を壱与は指で弾いた。
指弾された場所をさすりながらもモコナは笑っている。
確かにそうかもしれない。モコナや皆のお陰かも。と、これは心の中に秘めて壱与は海へと視線を向けた。
「そんなわけないでしょ」
ただ、思うのは旅にでて良かったとそれだけだ。
旅にでなければ知ることはなかっただろうから。この気持ちも、そしてこの景色も。
「ねえ、モコナ。今から海に入っちゃおうか」
はじめはこの旅の仲間も何もかもどうでもよかった。それなのに今ではこんなにも。
目的はある。復讐だ。でも、最近は本当にそれに意味があるのかと疑問に思うことがある。
潮風を真正面から受けながら壱与は海に足を踏み入れた。
それが霞むぐらいに今は凄く楽しいんだ。だから、できれば長くずっと長く。