復活 A

□バカンス
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初めてボスと二人で休暇を取った。
あまり長い日にちは取れなかったが、それでも一週間もぎ取ってやった。

偶然に休みがあったことはあったがこんなに長い時間任務を離れてボスと過ごすのはこれが初めてじゃないかと思う。
予てよりの予定通り別荘へ行くことになっている。
「ボス、準備できてるかぁ?」
浮かれた気分でボスに尋ねると、黒いジャケット姿のいつもとさして変わらない格好のボスが答えた。
「テメェじゃねぇんだ」
そう言いながらアタッシュケースを一つトランクに入れる。
「それだけか?」
あまりの荷物の小ささに再度尋ねてしまうがボスは当然のように答えた。
「他に何がいるんだ?」
「別にそれでいいならいいけどよ」
トランクの中を確認してから閉める。
車はボスがくれたマセラティ。
この日のためにあつらえた様でなんだか気恥ずかしい。
運転席のドアを開けようとしたがそれより先にボスがドアを開けて座ってしまった。
座る場所を奪われた俺は立ち尽くしてしまう。
「ボス…」
「突っ立ってンじゃねえよ」
出れねぇだろと言われて慌てて続けた。
「俺が運転するぜ」
「構うな」
「構うなって…いつも俺がしているだろ」
「構うなつってるだろ」
いくら言ってもボスには聞き入れて貰えない。
「今日は俺がする」
「けど…」
「グタグタ言ってんじゃねぇさっさと乗れ」
ボスは強い口調で言うから俺は不承不承助手席に乗った。
「出すぞ」
シートベルトをした俺に言い返事を待つことなく、滑るように車は発進した。
はじめてボスが運転する車に乗ったが、ボスの運転技術は素晴らしく流れるように街並みが過ぎて行く。
赤茶色い街の上には抜けるような青空と漂う真白い雲が浮かんでいた。
バカみたいに空を見上げていれば、運転するボスが馬鹿にしたように言った。
「空がそんなに珍しいか」
「珍しかねぇ…けど、こんな風に眺めるってあんまねぇなと思って」
のんびりと空を眺めたのはいつ以来か、すぐには思い出せないほど遠く記憶がない。
それだけ日々生きることに必死だったということなのだろう。
「なんかよぉこんな日が来るなんて夢みたいだ」
呆けたついでに溢す。
ボスはバカにしたように鼻で笑ったが罵るようなことはなかった。
殴られなかったことに調子づいて続けて言った。
「ボス、結構運転上手いんだなぁ」
ザンザスが運転が出来るなんて知らなかった。
「これくらいどうでもねぇだろ」
どうとでもないという風でボスが言うものだから、笑ってしまった。
流れるパレルモの見慣れた街並みまで普通とは違って見えて何もかもが新鮮に見えた。
そんな感覚に案外自分は安い人間なんだと自嘲してしまう。
思っていたことを見透かしたようにボスが言った。
「髄まで浸って腑抜けになるんじゃねぇぞ」
「ならねぇよ」
今、この状況の方が非現実だ。
「多少浮かれたっていいじゃねぇか」
だってこんなこと無かったんだから、と続けて言えばボスが黙った。
最初はボスが黙ったことに意味なんてないと思っていた。
しかし、不意に言った言葉が自分で思った以上に重いことに気付く。
出会って約十年、思えば長いような短いような年月だった。
待つには長く、動くには刹那の時のように感じる。
ボスは俺とは全く違う感覚だろうが、この年月は平等にある。
良かったのか、悪かったのか。
幸福だったのか、不幸だったのか。
それは判らない。
ただ、必要な時間だったのだろうと思った。
空を見ていた目をボスに向ける。
真一門に閉じられた口は不機嫌そうに見えたが、本心はどうかは判らない。
「天気、良いといいなぁ」
何気無い問い掛けをする。
するとボスが仏頂面のまま答えた。
「…そうだな」
運転をしているからこちらを見ることはしない。
その横顔が素直に受け答えをするから珍しいものを見る目で見てしまう。
実際こんなこと未だかつてなかった。
「何ジロジロ見ていやがる」
今度は本当に不機嫌な声で言うので慌てて目を逸らした。
そして、脈絡もなく話題を変えた。
「これから行くところ、海が綺麗なんだってなぁ」
行き先はオルタミーナ、シチリア1のリゾート地だ。
そこに行ったことはなかったが、ボンゴレのプライベートビーチがある。
時間もあまりないから一番の近場になった。
海の他は大して何もない、のんびりと過ごすには良い所だ。
「…」
「入れるといいなぁ」
言ってみたものの本当は泳げなくてもよかった。
海が特別好きなわけでも、泳ぐことが好きなわけでもない。
これから向かう先に楽しみがあればいいと思っただけだ。
「カスザメが海に入りてぇってか…」
馬鹿にした調子で言う。
「海に戻りてぇとか言うんじゃねぇだろうな?」
「なんだよ、それ」
そんな事を思って言った訳じゃない。
「そんなんじゃねーよ」
「スクアーロ、じゃねぇか」
「それは俺の名前だぁ」
「そうだな、テメェの名前なのに、海のイメージがねぇ」
爽やかな海辺に立つ俺を想像しようとして失敗しているらしい。ボスが少し眉を歪めた。
その顔を見て俺はつい笑ってしまった。
スクアーロと呼ばれた理由を考えれば海の爽やかさとは真逆のイメージだ。
残忍さと血生臭さから付いた名だ。
「そんなもんすぐ見せてやる」
海辺に立つ俺は理想通りになるかどうかは解らないが。
「楽しみだな」
意気込んで言えばボスが口元だけを歪めて笑って言った。
その反応に少なからず驚いて、その内だんだんと嬉しくなってきた。
無意識の内に顔にも現れていたようで、ボスの顔が苦く崩れてゆく。
「なんだ」
「期待されるっていいなぁ」
「は」
ボスは片眉を吊り上げる。
それを敢えて気にしないで続けて言った。
「アンタが俺に何か期待してくれるってのがいい」
どんな些細なことでも、下らないことでもだ。
「…下らねぇ」
吐き捨てるようにボスが言う。
その反応も何となく想像出来ていたので、それすらおかしくて、妙に気分が上がっていた。
「ボスと二人っきりってガキの時以来だなぁ…」
「なんだ急に」
今度は怪訝な顔をされてしまった。
「しかも二人で旅行だぜ?」
「止めたきゃ今からでも引き返してやるぞカス」
調子に乗りすぎた、ボスが本気で不機嫌な声で言った。
だから早口で本心を言った。
「海もリゾートもどうでもいいけど、アンタと二人っきりどこかに知らない街にでも行きたい気分だぜ」
「だから、行くんだろーが」
ボスが苛立たし気に言う。
きょとんとして、ボスの真っ直ぐ前を向いた顔を凝視してしまった。
ああ、そうだった。
俺たちは二人で知らないところに行くんだった。
妙に納得して、そのうちだんだんおかしくなってきた。
笑うことが我慢できなくて、声を殺して笑ってしまった。
「何だかんだ言ってボスも浮かれてんじゃねーか」
「浮かれちゃ悪りぃか」
開き直ったボスが目の前のフロントガラスを睨み付けながら言う。
「いいや」
悪い訳がない。
「楽しくなりそうじゃねぇか」
未だ睨みながら運転しているボスの首に無理矢理腕を伸ばしてみる。
「アブねぇぞカス!」
死にてぇのかとマジでキレられるが気にしない。
「邪魔しねぇから、キスくらいさせろぉ」
我が儘だと判っているがその位許して欲しい。
「あぁ?そんなもん今しなくてもいいだろう」
苛立たし気に言うボスの言葉は尤もだったが、どうしても今すぐボスにしたかった。
「浮かれついでだからよぉ」
許可が下りる前に衝動に駈られるように削ぎ落とされた頬に軽く唇を寄せた。
少しだけ耳朶を食んで吐息を掠める。
「テメェ」
怒気の膨らんだ声でボスが唸る。
わざと煽った。
こんなこと普段なら絶対にしない。
「仕返しだぁ」
ふざけて笑って言った。
車の速度が俄に上がる。
「うぉっ」
急スピードに体がシートに貼り付けられるように負荷が掛かる。
「覚悟しておけよ」
忌々しげに言ったボスの言葉に俺の思惑通りになった。
凄まれても期待にしかならない。
ボスの眉間の皺さえ愛しく思いながら、笑って言った。
「とびきりのバカンスを過ごそうぜぇ」

終わり

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