and more

□無題 J
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白い閃光が目に刺さる。
と同時に白い靄に全身が被われ体全体が何かに変化していく感覚を感じる。不思議と恐れる感覚や恐怖、痛みなどはなかった。
実に不可思議ななんとも呼べぬ感覚が全身を包む。
剥がされているような溶かされているようなそしてまた形を変容させているような変な感覚だ。
靄の中白く霞んだ視界が少しずつ明るく広がってくる。
最初に見えたのは不敵な笑みを浮かべる男の姿だった。一瞬誰か解らなくて思い出そうとした。笑む男の名前は―
思い出すより先に声をかけられる。
「気分はどうだい。新しき同胞よ。」
手の中に収まって行く靄はやがて黒い球体の姿へと形成されていく。それを見上げながら答えた。そして目の前の男の名前も思い出した。藍染惣右介という男だということを。俺はそれと同時に答えた。
「悪くない。」
というよりも存外何も変わらない事が不思議に思った。声すら変わらない。こんなものなのかとつまらない気さえした。
「まだ君の名を聞いていなかったね。」
柔らかい視線がこちらにずっと向いているがその視線がとても不快だった。だからといって視線を背ける気はなかった。挑むようにその目を睨み答えた。
「グリムジョー・ジャガージャック」
対する男は少し眸を眇めた。しかしその眸はそのまま笑みへと変化していった。
「良い名だ。君に良く似合っている。」
その言葉はまるで眸を閉じているのに見透かされ、体に空いた穴よりも更に奥をさらけ出すような感覚を与えた。それは一言で言ってしまえば不快だった。
「グリムジョー」
名を呼ばれた瞬間、名を呼ばれる意味を考えてしまった。
呼ばれるということは応えるという反応を示さねばならない。
嫌だ、と思った。
意識を背けたい何かがあった。それが何であるかを自分ではまだ理解していなかった。
しかしここで拒否という回答は無しだ。
「何か。」
答えると手を差し伸べられる。一瞬その手の意味が理解できなかった。
「立ちたまえ。」
手を差し出す。それが当然のように、ごく自然にだ。
その時自分の前足を見た。知らない色と肌質だった。人間は前足を「手」と呼ぶことは知っていた。しかしいざ自分がなってみると人とはこんなものなのか…などと考えてしまう。
引き上げられるようにその場で立ち上がった。視界が高くなる。不思議な感じだった。
二足で立つ不安定さはなかった。
ほぼ同じ高さに視線がぶつかる。恐ろしいほど静かに澄んだ瞳だった。
真っ正面から目を覗く穏やかな視線に思わず目を逸らした。
なんだ、なんなんだ…
言いようもない焦燥感が襲った。自分の感情にも行動にも自分自身で混乱していた。
呼吸が荒くなる。ただその瞳を見ただけなのに。
「どうかしたかい?」
物腰の柔らかな口調で尋ねれる。
「何も…。」
答えはしたがドッと吹き出た汗が頬から流れ落ちる。
「グリムジョー、君はとても勘が鋭い。」
涼やかな声が鼓膜を擽る。ゾワリと総毛立つのは一体なんなのか。背筋をなぞるような不快感。
一体なんだ、これはなんだ。この出来事は、この者は一体なんなんだ。
「私が怖いかい?」
こわい、の意味が分からなかった…恐怖の具象が自分たちなのだ。それは自分以外の何者でもない筈だった、のにそれが解らない。微笑む男が理解できなかった。
答えられずにいると顎を指先で上げられる、途端にまたあの目とぶつかる。
「恐れることはないのだよグリムジョー。君は私と共にあるのだから。」
そう言って笑む顔、瞳を閉じたその顔をやっと見ることができた。
ゾワリ。
しかし背中を逆撫でされたような不快感は消えない。
「君は選ばれた。崩玉により破面と生まれ変わった…その力を取るにふさわしい者なのだよ。」
首の付け根喉仏の下を触れられる。指先でなぞるような感触がしたがその手が暖かいのか、冷たいのか分からなかった。
ただ指が滑る感触に全身が集中する。
「私の下に来なさい。何も恐れる事はない。」
囁く言葉は命令だ。それに従う他に術はない。
選択肢は最初から一つだけ。
『藍染様の御心のままに』
他の返答など必要ないのだ。
ゴクリと喉を鳴らした。喉が乾くのを感じた。言葉が出ない。
何気無く佇む男から今まで受けたこともないようなプレッシャーを受けている。それとただひたすら戦っている。

目を反らすな
動揺するな

「君はもう理解している。」
全てを見透かしたように男は言う。
ゴクリと唾を飲んだ。
「言葉は要らない。君は行動で示してくれればそれでいいグリムジョー。」
首の窪みに落とされた指が上り顎まででその動きは止まった。
俺は顎を引きその指に唇を寄せる。それ以外の行動を赦されない。

唇に触れた指が暖かくも冷たくないことに気付いた。
これは儀式で、行うことで示すことに意義があるということを本能で理解している。
触れた唇はまだ離せない。
瞳を見ることよりも目を伏して居たかった。
ただじっと指が離れる時を待っていた。
おもむろに口付けていた指が動きだし口の中に侵入してくる。
舌の上に乗せるように入れられた指先をどうしていいか解らずにいたが、その指が舌に絡むように動かされ強制的に吸わされる。
クチュッチュッと隠微な音が耳を犯した。
俺は不快感にあからさまに顔を歪ませた。
「良い顔だね」
口調は変わらない。反射的に見た彼の瞳も何も変わっていなかった。
ゾクゾクと背中を這い上がる感覚が走る。
それがさっきまでの感覚と違うことに戸惑った。
「そんなに美味しいのかい?」
口の中を指でかき混ぜられるその荒々しさとは正反対の静かな口調で尋ねられる。
激しく蹂躙される中答えることも出来ずにただ指をしゃぶることしかできない。
息もやっとするような状態からニュッと指を引き抜かれた。
反動で飲み込めなかった唾液が顎を伝った。
それを追うように藍染の濡れた指先が伝う唾液を拭う。
ビクリと震えてしまう体に舌打ちしたくなる。
ゆるゆると皮膚の上を伝う感触は今までに経験したことのない感触だった。
これは何だ。
服従の姿勢ならもうすでに示したはずだ。
「6」
「?」
ぼそりと呟いた言葉の意味が分からなかった。しかし尋ねる事は躊躇われた。
「君の序列だ」
緩やかな表情に変化が生じる。
俺は笑顔の下に本質を見た。それは底知れぬ闇だ。
ゾワリ。
これはなんだ。目の前に居るこの男は何だ。そして俺の中に沸き上がるこの感情は何だ。
「良い顔だ」
声色は優しく柔らかだった。湛える笑顔も表面上変わりはない。しかし一瞬伺わせたあの顔が脳裏に焼き付いて離れない。

窪みに添えられた指先が喉を掴む。力を込められ気道を塞ぐ。
息苦しさに顔を歪めたが逆らうことは出来なかった。
手も足も目の前の男を払い除けるために動かなかった。

恐怖を具現化したものが俺達ではなかったのか。
目的なく本能で生きてきたあの存在こそが恐怖であり虚ではなかったのか。

今、目の前で微笑むこの男は一体何だ。
恐怖を越えた恐怖なのか。
そんな筈はない。
そんなものが無いことを俺は本能で知っている。
では何か。
酸欠状態の頭で考える事ではない。けれど思考していなければ意識が潰されてしまいそうだった。
そうだ、恐怖自体が有るわけではない、俺を恐怖の具現を恐れない存在に俺は恐怖を感じていたのだ。
そしてそれを決定付けるあの顔を…俺は見てしまった。
「グリムジョー、ほら死んでしまうよ。」
払い除けてみろと笑う。
顔がますます歪む、気道は圧迫され呼吸ができない。
「…ぁっ」
「君は勘が良すぎるのかもしれない。」
顔と顔の距離が近づけられる。目と鼻先で見つめるように視線を合わせられる。
澄んだ茶色の瞳が真っ直ぐ覗き込む。全てをくまなく見透かすように。
一つも恐れない視線がこれ程までに恐ろしいものだとは思わなかった。
涼やかな笑顔のままアップになっていくその顔が近づきすぎて暗く見えなくなってまう。
混濁した意識の中俺は無意識の内に瞼を下ろしていたのかもしれない。
意識が飛ぶ、瞬間、柔らかな感触が唇に当たった。
触れた先から濡れたものが口の中に侵入してくる。その感触に手放した意識を取り戻した。
気付いた時には深く口付けされていた。
何を、しているのか、解らなかった。
なにをされているのかも瞬時には解らなかった。
払い除ける事も、逆に受け入れることもなくただされるがままになっていた。
蹂躙していく彼の舌が熱いことに気付いた。
こんな感覚を俺は知らない。
「恐怖とは時に人を支配するが、それを凌駕する者には子猫のようなものだ。」
クスクスと吐息で笑われる。
「な、に…?」
「私の下にいれば全ての恐怖から解き放たれよう。そして君の望む強さも得られる。」
彼の言葉は甘露のように聞こえた。
「グリムジョー誓いを、私の下に来ると。」
急に首の圧力は緩み気道が確保される。空気を吸い込み息を整えるが呼吸が荒く、吸い込もうとしてかえって噎せた。
首を圧迫していた手が目の前に差し出される。

死刑宣告のような、全く逆の解放の宣言のような、そんなものに目の前の男が見えた。

選択を迫るようでその実選択肢など初めからない。

この姿になった時から、いや、この男の下に来たときから決まっていたのだ。

腰を屈めその手を取る。
諦めた訳でも目の前の男に屈した訳でもなく、これが自分の意思であると強く思いながら。
口元に笑みを浮かべている男を見上げる。
これが最後だと心の中で呟く。

「藍染様の許に。」

―――――俺がいずれ王になる。
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