復活 A

□触れたら終わり
1ページ/1ページ



ずっと見ていた。


触れることは赦されなかったけれど、彼の姿を追うのをやめられなかった。


触れてはいけないと解っていたからその代わりに彼の姿を見続けた。
どんな些細なことでも見落とさないように、どんな下らないことでも彼のことなら知りたかった。
彼の姿を見続けているから彼の感情や状態は手に取るように解った。

彼が今、辛い状況だということはすぐに知った。
元々表立つような男ではなかったが目を引く男だった。
その彼が、全てを圧し殺して耐えていた。
耐えている彼を見るのは辛かった。
見ている俺がこんなにも辛いなら耐えている本人が辛くない筈はない。
しかし彼は一言も溢さず苦痛の表情さえ見せず、寧ろ悠然と笑みさえ浮かべていた。
それがまたなんとも辛くまた苦い感情を起こさせて見ていられなかった。

ほんの少しこちらを見てくれたら

たったの一言でいいから溢してくれたら

俺は何も顧みず彼の側に走っただろう。

彼を支えるために、彼を助けるために自分の出来うる全てのことをしたに違いない。
けれど彼はそれを望まなかった…いや、俺という存在を知る余裕すら彼にはなかったのかもしれない。
こんなにも彼を見続けていたのに彼その心にあり続けたのは別の男。
それが彼の苦しみの原因であり喜びであり、生きる意味であることを俺は知っていた。
しかし男がどうして彼のすべてに成り得たのかその理由は知らない。
自分が彼のそういう存在になれなくても、理由を知ればこのやるせない気持ちは解消できただろうか。

少しは気持ちが楽になっただろうか…

しがみつきたかったのは未練があったからだと思いたかった。


触れることが許されなくても見続けることをやめられなかったのは、幼い頃焼き付いた情景があるからだと思い込みたかった。
あの狂気を孕んだ鈍く光る瞳が初めて自分を見た、視線が絡んだあの情景が忘れられないからだと。

しかしその瞳が薄い瞼の奥に隠れ何の表情も表さない顔を見たときその思いは無惨に消えた。
彼の名を叫ばすにはいられなかった。
彼の道筋に自分が触れることなどないと思っていたが動かない血塗れの彼を見た瞬間そんなことは吹き飛んだ。

救いたい、助けたいとただその思いに駆られた。

どんなことをしても救えと命じた。
一命は取り止めたが依然瞳は固く閉じられたまま真白い部屋で眠る彼を見たとき激しく自分を責めた。
あのときどうして自分は彼をあの男に渡したのか、どうして俺はこうなるまで彼を放っておいたのか…
ずっと見ていたのに、知っていたのに止められなかった自分が情けなかった。
きっと彼は俺の思いなど何も気にしないだろう。
全て自分が選び取って歩んだのだと、笑うに違いない。

違う
と言いたかった。

介在する余地はいくらでもあった。
そうしなかったのは自分の甘さだ。
彼の生きる道は彼が決めるものだと知っていた。勿論、今もそう思っている。
だが、こうなる前に事態を避ける余地のあったこともまた事実だ。
どこからどこを呪えばいいのか、悔いればいいのかすら分からなかった。
無用な戦いを起こした時からか、それともクーデターを起こした時からか…いやもっと前に、あの男に会う前に自分が何かできたのではないか、幼い自分がもっとしっかりしていれば、彼と対等でありさえすれば彼はこんなことにはならなかったかもしれない。
彼には俺など見えてはいなかった。
俺が彼を知った時から彼は修羅の中にいた。
躊躇わず同じように飛び込めば良かった。
俺なら違う結果を与えられた。

じっと見る彼の顔。
いつも生き生きとした表情を見せていたのに今はなんの感情も見せずに眠っていた。
薄い色素の肌がさらに白さをましてまるで生きていない人形のようだった。
今まで見たこともない顔。
寝顔とも違う無表情の彼を見たときの恐ろしい喪失感。
動かない瞼が微かに開いたのを見たとき自分の胸が震えた。
人が目覚めるのを見てこんなに感動したことも、安堵したこともない。

二度とこんな想いはしたくないと思った。

二度とこんなことは起こさないと強く誓った。

彼がどんなに嫌がっても拒んでも自分が後悔しないように。



終わり

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ