復活

□いとしい
1ページ/2ページ

何も持ていなかったからいざ持ってしまうと欲しがりで掴んだもの何一つ無くしたくなくて何一つ手放したくなくてだから全部なくさないようにしっかり掴んで離さない

彼の小さな唇はシチリア訛りのイタリア語を流暢に話した。

「アッディーオ」

彼を庇う銀髪の男からは決して見えない死角で小さく別れのことばを紡いだ小さなジャポーネは美しく笑っていた。
まるでこの状況とはそぐわない天使のような無垢な笑顔だった。
この小さな男はもっと無力なものではなかったか?驚愕と恐怖をないまぜにした表情を男は顔いっぱいに顕し一瞬瞳に焼き付けたその表情を最期に男は倒れた。
男が倒れるのを目で追い動かなくなったのを確認すると彼は自分の主人に向き返った。
「十代目…」
大丈夫ですかと言葉を続けるつもりだったがその言葉は最後まで紡がれることはなかった。
彼の視線に合わせるようにしゃがみそっと手を差し伸べようとし…その手が先程の男の血で汚れているのに気付くと無造作に仕立てのよいスーツに拭いつけ血を拭き取った。
それからそっと主人の頬に触れる。
ヒヤリと冷たい皮膚の感触を指に感じて滑らすように頬のちょうど耳の辺りの丸みを伝うように包み込んだ。青ざめた主人に少しでも温もりを与えるように優しく包んだ。
それからもう一度主人を呼ぶ。
「十代目」
すると今度は輝きの無い琥珀色の瞳が揺らいだ主人に反応があったことに彼はそれにほっと安堵し優しく囁くように主人に語りかける
「大丈夫ですよ、もう終わりましたから」
彼はなるべく柔らかい表情を作り安心させるようにゆっくりと話した。
揺らいだ瞳が彼の瞳と合うと主人の顔に表情が戻ってきた。
「獄寺君」
小さな愛らしい唇が自分の名前を呼ぶその尊さを噛み締める。
心の震えるこの感触はいつになっても慣れない。
「大丈夫ですか十代目」
声をかけてみても惚けたように彼の顔をしばらく見つめている主人。
ただぼんやりと視点の定まらないそんな主人の虚ろな瞳にさえ見続けられていると心が騒つく。
「荒っぽい真似をしてすみませんでした」
一言詫びると移動するために立ち上がろうとした瞬間頬を触れていた手が離れる。しかし体温がすぐに戻ってくる主人が彼の手のひらに頬をすり寄せたのだ。
それに驚いて彼は直ぐ様主人の前にかしづいた。
主人はいとおしげに大きくて武骨な掌に柔らかな頬を寄せる。
「あったかい」
瞳を閉じ人肌の温かみを感じている意志のある言葉に彼は安心し言った。
「ここから移動しましょう」
鼻をつく血液の臭いのする場所にこの人を長く置いておくのは彼の本意ではない。
けれど主人が動く気配もない動かぬ主人に痺れを切らし「失礼します」と短く断りを入れると主人の体を持ち上げ抱き抱えた。
主人は抵抗する事無く彼の首に手を回す、最初からこうすれば良かったのかと彼は思った。

主人と出会ってから早二桁の年月が経とうとしていたがいつまでも彼は主人への接し方が解らない。
もしくは主人が掴めないと言ったほうが正しいかもしれない。
抱き上げる華奢な体付きと柔らかな輪郭は出会った頃から変わらない。
外見的な変化に関して主人はほとんど変わりが無い。
けれど主人の内面…何かが変わったような気がしてならない何とはっきり言えるようなものは彼には思い浮かばなかったけれど…もしかしたらそれは覚悟と自覚かもしれないと漠然と思った。
主人が主人であるかぎり何がどう変わろうとも彼は主人の隣にいると決めている。
それは出会ったときから彼の中で宿命じみた信念だった。
その決心…覚悟が決まっているかぎり彼自身は何も変わらないと自負している。
自分はこの人と共に生きると心に決めていた。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ