復活

□aspirazione
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「何故こんなことを?」
金糸の髪が目の前で揺れた。声は静かでけれど無音の部屋に響いた。
うっすらと開けた瞳が捕えたのはそれだけだった。
「…」
「あの男がお前を助けると思ったのか?」
「…」
全身が熱を持ち熱い。頭はずぅんと重く低い痛みを持っていた。捕えていたものを捨てるように目をつむった。その途端、暗闇と痛みが全てを支配した。
闇に対する恐怖はない。
死ねなかったのか。
ただそう思った。
四肢が重く沈むような感覚に襲われる。
沈め、海深く地深くに
動かぬ四肢がもう這い出ることがないくらいに沈んでしまえばいいと思った。
助けろと誰がいうか。
あの男にそんなことを期待するほど落ちぶれてはいない。いざとなったら切り捨てるだろう。それでいい。そうでなかったら失望するだけだ。
俺はあの狂気に憧れたのだから。


「スクアーロ。」
凍てつく色をした瞳は何かを捕えようとさ迷いそのまま閉じられてしまった。
瞳と同じ色の長い髪の毛が四肢を守るように包み込んでいる。痛いたしほど細い体全体に巻かれた包帯が彼の状態を現していた。白い部屋は彼には不釣り合いで酷く現実味をなくしていた。
横たわる彼にそっと触れる。生気のない青白い肌は冷たいが確に脈打っていた。
医者の見立てだと生きているのが奇跡だと言われた。
どんなことをしてもいいから生かせと、命じたのは自分だった。失いたくなはいと強く思った。
たとえどんな姿になろうと―――それが昔羨望してやまなかった姿を失ったとしても――やはり生きていて欲しいと思った。
外科的な部分では尽せるだけの事はしたと言われ、あとは本人次第だと言った医者は憔悴しきっていた。今日明日が山だろうと言われた時、どうしても側にいやりたいと思った。
多分それは自分の小さな独占欲と優越感だと分かっていたが。
「…生きてくれ」
多分生かしたことをこの男は憎むだろう。潔癖と言えるほど潔い人間だったから、彼の剣士としての矜恃に障るだろう。
だが、組織として生きて貰わねばならない建前とは別にこれは俺の我が儘だと言ってやりたかった。生かしたかったと…。
長く伸ばされた髪を一房掴む。絹糸のように細い髪はサラリと滑る感触を残し指の隙間を落ち白いシーツの上に揺蕩う。
「近付いたと思えば掴み損ねる…。」
堅くなに閉ざされた瞳はピクリとも動かず陶器のような白い肌は生気のない人形のようだった。痛々しい程の縫合のあとも点滴の管もか細くなった命を繋ぎ止める為のものだ。こんな所で手放していい命ではない。
「やっと手に入れたのだから…。」
溢した言葉に自嘲気味に笑った。
自分は手に入れたかったのか…再認識させられて彼の顔をじっと見た。
こんなに間近で無遠慮に眺めたことなど今まで一度もなかったことだとも気付く。
キャッバローネというマフィアのボスになっても華やかで毒のあるこの男は手に入らなかった。
その時にはもう謎めいたあの男の元に彼は居た。いつからあの男の元にいたのかはわからないがそれが彼の意志であったことは分かっていた。
「スクアーロ、お前はXANXUSに何を見たんだ?」
眠る彼に問掛けても返答はない。
あの男の中に見い出した価値の真相が知りたい。この男が命を賭すまでの価値のあることだったのか…。
「あの男のために捨てる命なら俺が拾う。」
半人前以下の昔とは違う。憧れたものをただ憧れる時代は過ぎた。
そして今手の届く位置にあるのなら…
「奪う覚悟はとうに出来ている」
誓うように掴んでいた長い髪を口元まで引き寄せる。そこに優しい口付けを与えた。

終り

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