復活

□Stigma
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白い滑らかな肌をなぞる。その指先は滑るように動きその心地好さにうっとりとする。
キメの細かい肌に吸い寄せられるように唇をあてた。
「守りたかった…。」
触れた温もりが離れがたくて、唇を離してもその皮膚に頬寄せた。
正絹のような美しい肌に時々現れる隆起。歪な形の痕が胸の奥をチクリチクリと責める。
「お前に助けられるほど落ちぶれちゃいねぇ…。」
これは自らが選んだ結果だと痕に誇りすら覚えているような口調だった。だから俺はきっぱりと否定した。
「違う。これは俺に力がなかったからだ。」
あの時この白い手を掴んでいたら、あの時構わずあの水面に飛込んでいたら、この痛々しい痕をこの男につけずに済んだ。
あの時助けることが出来なかった。それが山本武の一生で一番に悔やまれる事だった。
「ふざけた事言ってんじゃねぇぞぉ。誰がお前みたいな甘ちゃん坊やになんか助けられるか。」
助けを拒んだのは他ならぬ彼自身だった。剣士としての誇りを汚すなと、掴んだ手を振りほどいたのだ。
「悔しいな。」
彼の中ではまだまだ自分は子供できっと何もできやしないと思っているに違いない。自分ももう中学生ではない。そんなことはないと自分は何でも出来ると言って主張したかったがきっと言っても理解されないだろうことは解っていた。だから言わない。ただ彼の肌の感触だけを味わう。それは甘えるような仕草に似ていて彼の年上としての矜恃を充たしている。
銀色の美しい髪の毛がレースのように肌の上を滑り降りていく。美しいと思った。
美醜についてあまり関心を持ったことはなかったけれどこの人はいつ見てもその全てが怜悧な美しさを醸し出していた。白い肌、薄い色彩の瞳、しなやかな躯は何人も汚してはいけない、汚すことができない人のような印象を与えていた。明らかに黄色人種とは違うスケールの人。
その人物に自分は痕を付けた。きっと二度と元には戻らないような傷痕を。
それは一生悔やまれる事である一方で誰にも真似出来ないことだと、劣情にも似た興奮と高揚感を覚えた。
山本はこの感情に名前を付けることは出来なかった。一言で言い表すにはあまりにも複雑で自分の中でも理解しきれていない感情だったからだ。
頭もそんなに良くないからうまく人にも伝えられない。だけれども一つだけはっきりと確信していることがある。それは山本の少ない語彙だけでも口にすることが出来る。
「もうアンタが生きていてくれさえすればそれでいい。」
惨めったらしくしがみついて離すまいとしながら呟いた。それが本心だ。もうあんな悔やむような苦い思いはしたくない。
この美しい人の心が自分に向いてなくても、死んでいなくなってしまうよりは何倍もいい。
「そう易々と死ねるか。」
馬鹿にしたように笑う。
「アンタはあの男のためなら自分の命を惜しんだりしないだろう?」
もうあの男には何一つ奪わせたくはない。
「それもさせたくない。」
ギュッと長身の彼にしがみついた。今ある彼を総て守りたいと思った。
「馬鹿か。俺はウ゛ァリアーだ。必要なら命を惜しまねぇ。」
言葉で詰っても口調は穏やかだった。
「アンタ優しいのな…。」
言った言葉に派手に顔を歪めた。
「ア゛ァ?」
「優しい。」
苦渋の表情を浮かべる彼とは正反対に笑って見せた。
「少しは俺にも見せてくれよ。」
俺はアンタに夢中なんだから。最後は言葉にせず笑顔に融かし込んだ。
麗人はその美しさを残したまま笑みを浮かべる。
やはり山本はその笑顔を美しいと見とれてしまった。


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