復活

□休暇の過ごし方
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「カス施しだ、何が欲しい。」
突然、ボスに言われたのは春らしい日差しの暖かさを感じる朝だった。
「え…?」
起き抜けに急に何が欲しい、などと訊かれても特別欲しいものが思い付く筈もなくポカンとボスを見てしまった。
珍しく答えを待っていたのにも関わらず満足な答えがなかったことにボスは顔を歪めた。
「ねぇのか…オイ。」
再度詰め寄られてしどろもどろと答える。答えなければ、鉄拳が飛んできそうな勢いだった。
「あ…えぇと…休みが、欲しい…かな…。」
咄嗟に出た言葉だった。
最近まともな休みがなかったのを思い出す。
「休みか…」
じろりとこちらを睨まれる。数秒、なにかを思案するような顔していたボスが不意に言った。
「いいだろう、1日休みをやろう。」
「は…え?」
ボスの言葉に瞬時には状況が飲み込めなかった。
「今日1日休みをくれてやる。」
再度言った。
それだけ言うと、ボスは俺を残して部屋を出ていってしまう。
「ボス?」
姿を消したドアを暫く見詰めてしまった。
急に1日暇を貰ってしまった。
どうしたのだろうか、何が起こったのか…。
「急に暇になったぜぇ…」
ボスの気紛れか何か分からないがともかく、1日休暇を貰えたのだ、有意義なものにしたい。
しかし他のメンバーは皆任務だろうし、ボスだって何かスケジュールが入っている筈だ。誘うのは難しい。一人で何をしようか…久しぶりの一人の時間を持てることに次第に心が踊る。
起きてしまったから二度寝は勿体無い。熱いシャワーを浴びてゆっくり入浴しようか、それから久しく行っていないバールで遅めの朝食を摂って街を散歩しよう…。
思い浮かべたプランは上出来だと思った。
早速、直ぐに浴室に向かいシャワーのコックを捻った。暖かな温水が雨のように降り注ぐ、浴室を温水で温めながら浴槽にもお湯を張った。
確かルッスーリアから貰ったバスキューブがどこかに入っていた筈だと思い出し、仕舞ってあった筈の戸棚を探す。こんな時でもなければまず使わない透明なブルーの小さな球体を取り出して浴槽の中に落とした。
融解してほんのりと色を染めたお湯からは爽やかな香りが立ち上る。
チャポンと、手を浸けると程よい温度に気持ちが和らぐ。
ゆっくりとお湯に浸かると、体が解れた。
「はぁ〜生き返るぜぇ〜」
歌でも歌いたい気分だ。
バスタブに頭を乗せふわふわと浮かぶ感覚に暫く体を委ねる。
いつ以来だろうかこんなにゆっくりと風呂に浸かったのは。それがかなり以前だったことを思い出して疲れる筈だ、と結論付ける。
ふやける程のバスタイムを終えると、バスローブを羽織る。
部屋に戻って時計を見ると、10時を少し過ぎた頃だった。
ゆっくり髪を乾かし着替える。
部屋を出る頃には11時になるところだった。
部屋を出て、外へ行くまでルッスリーアやベルなど幹部の一人にも会わないことに不思議な気がしたが(ボスが館に居るときは必ず数名が残っているからだ)さして気にもせずバールに向かった。
天気はよく、高く澄みわたった空が気分をさらに良くした。暖かな日差しにコートもいらない。
春の爽やかな風を感じながらバールへ向かう。
パレルモの市街地にあるバールは今日も人で賑わっていた。
カウンターで頼むのはパニーニとカプチーノ。ミルクは多めにと注文をつければ、恰幅の良いオヤジはニカッと笑い手早くカプチーノを出す。
「グラッツェ」
礼を述べ手渡されるカップを持っていつもの席に座る。カウンターの中央だ。
腰を落ち着けると、シナモンをふりかけゆっくりとかき混ぜる。
「久しぶりじゃないか。元気だったかい?」
パニーニをカウンターから差し出しオヤジが気さくに声を掛けてきた。
「元気だぜぇ…ちょっと暇を貰ったからな久しぶりの外出だぁ。」
生ハムとチーズを挟んだパニーニを口にしながら答える。
相変わらずの笑顔で、そうかい、とオヤジは答えた。
「まぁゆっくりしていきな。」
忙しくしながらオヤジはそう言いカウンターの側を離れた。
一人になって、ゆっくり食事を摂る。
周りの喧騒とは離れて食べるパニーニを何となく不自然な感じに思えた。その不自然さが、いつもの食事の風景とは違うことだと気付いた。
いつも、この位置はボスなのだな、とふと思った。
「何だっていきなり休みなんかくれたんだ…?」
ボスと言えば、今朝の出来事はなんだったのだろうか?
寝起きに突然言い渡された休暇に驚いたが理由が解らない。
館に1人の幹部がいないことにも今更ながら不思議に思った。
もしかしたら、と思う。
ボスのような超直感はないが、ボスのことは誰よりも解っている。
人一倍素直ではない人だ。
素直に休暇と喜んだ自分も馬鹿だと思うが、久々の休暇だったのだ。しかも朝起き抜けにそれに気付けという方が難しいだろう。
「もう少し分かりやすく誘ってくれよ。」
パニーニを食べ終えるとカプチーノを味わう暇なく一気に飲む。
席を立ち店を出て館へ急いだ。
館に戻っても、やはり人がいる気配がない。
思ったことは予想に反せず当たっていると確信する。
急いでボスの部屋に向かった。館の一番奥、他の部屋のドアよりも大きなその扉を勢い良く開けた。
「ボス!」
駆け足の足音で気付いていたのだろう、息を切って呼ぶとボスは眉を歪ませて俺を見た。
「遅ぇ。」
ああ、やっぱり…俺の予想は的中だ。
「すまねぇ…。」
素直に謝る。他にどんな言い訳を続けても彼の機嫌は上向かない。
彼の机のすぐ傍まで近付くと彼に尋ねる。
「ボスの今日の予定は?」
「…もう半日しかねぇだろ。」
そう言うと手元の新聞に目を落とす。仕事をしていたわけではないのは明白だ。こうやってずっと待っていたのだろうか、そう思うと何だか彼らしくなくておかしな気分だ。
「まだ、半日もある。」
新聞を机の上に押し付け手のひらで紙面を覆う。必然読めなくなった彼がこちらを見る。
「せっかく二人で休みなんだ、有意義に過ごそうぜぇ。」
そう言って彼の曲がった唇に自分の唇を合わせる。
きっと朝からこうなる筈だったのに、俺が気付かなかったせいで半分になってしまった。
詫びる気持ちも合わせてゆっくりと舌先で彼の上唇に触れる。
チュッと唇を離すと歪めた口が尋ねる。
「で、どう有意義に過ごす気だ?」
「そりゃ勿論、ボスのお気に召すままだぜぇ。」
満面の笑みで答えもう一度唇を合わせた。

end



ザンスクですが、未満な気分です。気分だけでなく未満です。

知ってるようで解ってない二人が書きたかったんです。すいません未満で…

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