鳴戸

□メイデイ
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漠然とした何か
胸の奥に沈殿した泥の様にある重くある「何か」

それは本当に「何か」としか言いようの無いもので
そしてそれははっきりとしたものじゃなかったから
漠然としていた

それを思ったのは、或いは思いついたのはさっきで
さっき何をしていたか思い出してみると
ある人と話しをしていた

話していた相手は僕より年上で上役だった
外見は熊みたく髭を生やしていて
いつも煙草を欠かさない人だった
紫煙と独特の匂いが彼のトレードマーク。
はた目から見たらきっと柄の悪そうな人に見えるのだけれど
外見からの印象からは意外なほど彼は気さくな人柄で
僕は好意を持てた

その人と話していた内容は
差障りのない仕事の話しだった
僕と彼の接点と言えばその位しかないから
それは成り行き上当たり前と言えば当たり前の事だった
僕らの生業は少し特殊だから
その事で悩む事もあるだろうと言われた
そんな事は無いですと僕は答えた。
それから少し間を置いて慣れてしまいました。
笑顔を沿えて彼に答えた。
そうかと笑われた。
いや、彼の笑みは何時も独特だからきっと笑われたんじゃなく、単純に彼は笑ったんだと思った。
僕は彼とあまり交友が無いので彼の笑みにはそれほど意味が無いように思えた。
それから彼は咥えていた煙草を壁に押し付けて火を消した。
違和感
何に対して違和感を覚えたのか解らないけど違和感を感じた。とても不快な違和感。
僕は何に対して違和感を覚えたのか必死で探した。
彼が煙草を消した事だろうか?(彼の特徴が一つ消失した)それとも壁に押し付けた事?現に汚いなりに白い壁には黒い痕が付いた。(彼は教師と言う生業を僕とは別に持っている)それとも何だろう?
僕には何かが腑に落ちない。
ハヤテ
名前を呼ばれた。それで僕は自分の思考に没頭していたことに気が付いて、何でしょう?と彼に笑って答えた。
その時カチリと自分の頭の中で何かが合った。
僕が違和感を覚えた事、それは彼の笑顔だった。
というか笑ってそれから煙草を消す一連の動作に僕は違和感を覚えたのだ。
今はもう彼は煙草を吸ってはいない。
彼は僕と会う時何時も煙草を欠かさない。
「何か」が無ければ彼は彼の特徴を自ら消す事はしないはずだ。
だから僕は煙草切れたんですか?と尋ねた。
そうじゃないと彼に否定された。
否定された事が僕は何故だかとても不安になる。
どうして彼は煙草を吸わないんだろう。
どうでもいいような、その小さな事が僕を不安にさせる。

いつもなら気管支の弱い僕には紫煙の煙は呼吸を苦しくさせる煩わしい物でしかない。
それなのに、その煩わしいものが無くなると僕は不安になってしまった。
“いつも”と違う彼。
彼が笑い、煙草を消した瞬間からここは日常ではなくなったのだと思った。
いや、もしかしたら最初彼に会った時から日常から逸脱していたのかもしれない。
僕が彼に会うこと自体が珍しい。
僕は気付くのが遅かった。
だって彼が笑って煙草の火を消すまで僕はこのことの異常さに気付いてはいなかったのだから。
彼が笑うこと自体殆どない人がトレードマークのような煙草の火まで消して何かを話す異常さ。
非日常的なこの光景に僕は少し不安を感じた。
それは漠然としたはっきりとしないもので・・ああ、これが“何か”なのか?いや、“何か”は他にあるのだ。漠然としてある“それ”は“漠然”自体(・・)ではないのだから。
解らないもの、未知な物に対する恐怖みたいなそんな感じだった。
心のどこか隅にある靄(もや)みたいに取り去りたいのに払拭できないそれは何なんだろう?
解らない事に不安が広がる。
理解できないものに対する不安感、不安定感、焦燥感・・みんなあってそれを総称する言葉が僕には見つからない。
不安は動悸を激しくさせる。
言い様もなく掻き乱されているような気がして、
それは多分興奮しているのと同じで、でもマイナスの意味で興奮しているだと思う。
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