鳴戸

□溺愛
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貴方の“私が貴方に溺れている”という自惚れが私には愛しい。
何の疑いもない今までの彼の変わらぬ己への自信。
それは私にはとても羨ましくと同時に憧れた。
自分にそれほどの自信が持てたなら・・・。

貴方は自分の外見や容姿に一番に自信を持っているけれど、でも私は貴方の身体に溺れているわけじゃない。
確かに貴方との情交は気持ち良いけれど・・・・私はただ与えられる刺激に溺れるような簡単な人間じゃない。
だからといって貴方が考えているような綺麗な人間でもない。
人並みに、いや人並み以上に私は汚れているけれどでも、貴方の誤解を解く気はない。貴方の中の私は綺麗のままでいたい。
だから、あなたに溺れている私でいい。
私はその誤解をますます深める為に貴方に甘えてみる。
素敵ね、貴方は私に優しい抱擁と甘い口付けを降らせてくれる。
大好きですよ。
自惚れられるほどの愛をくれる貴方が。
私は貴方がそのままでいて欲しい。
私を好きでいて欲しい。
いつまでも、私がいなくなっても、私が貴方に溺れていたとそう思っていて下さいね。
私は決して溺れてはいなかったけれど、それでも貴方を愛していたのです。
私はとても愛していたのです、貴方を。
私は自惚れるつもりはありませんが、いつか貴方が私の骸を抱いて貴方が泣いてくれたらとそればかりを願います。

今の私はそれを確信しているのです。
貴方は必ず私の死を悲嘆に暮れて悼んでくれる事でしょう。
これは自惚れでしょうか。

私はそれを望んでいるのです、いえ、むしろそれしか望みません。
私の命の日の数だけ貴方は私を思い出してはきっと悲しむでしょう。
他の事は望みません。
それだけで私は幸せです。
貴方は貴方が私より少し長く生きている事を理由に冗談と笑って返しますが、それは冗談などでないのです。貴方が少しばかり私より長く生きているからと言ってそれが根拠になり得るでしょうか。

多分私は貴方より先に彼岸へ向かう事になるでしょう。
それは変えられぬ事なのです。
けれど貴方に愛されてこの世を去って逝くことができる。
こんな生業をしていてもそれでも私は貴方が覚えていてくれるなら私はしあわせです。

けれど本当はとても悲しいのです。
貴方より先に逝かねばならない自分の運命を呪ったり、貴方を置いて逝く事を悲しんだり。
生きるという事はいつか死ぬという事です。
それは誰しも変わらぬ事です。
私は先に貴方の前からいなくなるでしょう。
私には貴方しかいないのに貴方はいつか必ず私を忘れてしまうからです。
貴方は決して忘れないと自らに誓うけれど、それがたとえ本心からだったとしても出来ないことだからです。
人は過ぎ去ったことを忘れる事で生きて行くことができるのだから。
私は忘れる事で生きる事が出来たから・・・。
たとえ私を忘れたとしても私は怒ったりはしません。ただ少し悲しいだけです。
死んでも悼んでくれる人がいる限りたとえ無縁仏でも死んだ人間は人は生きていけるのです。
けれど、忘れられたらもうなにも残すものがなくなってしまうのです。
私は覚えていて欲しいのです。
貴方に。
好きでした、貴方の事を愛していました・・・それだけは記憶しておいて欲しいのです。
だから、愛しているなんて軽軽しく言ったりしないで下さい。
優しく降り注ぐ様に紡がれる睦言は確かに心地良いけれど、その意味をその言葉の重みを薄めてしまう気がするのです。
だから、ただ最期に一言言ってくれさえすればそれで充分なのです。
ただ私を見ていつも笑っていて欲しいのです。

私の中の貴方は象徴であって欲しいのです。
私の生きた象徴
私の幸福の象徴
貴方が私のすべての象徴であったら
私はなんて幸せなんでしょう。

あいしていますよ、あいしているんですよ、
ゲンマさん。

END

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