鳴戸

□夕方
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気付けば
彼はいつも傍にいる
変なの
ゲンマさんは不思議
何でだろ
ゲンマさんって変
あなたはなんでそこにいるんですか?

「なんでこんな所にいるんですか?」
事務室の前暗い廊下で立っている彼に私は不可解な顔で尋ねた。
「別に、居ちゃワリーかよ。」
彼はなんともないように言った。
「いえ、そんな事はありませんけど・・・。」
でも、と私は言い澱んだ。
私は残業で事務所に残っていた。
残業なのでもう人なんか居ないだろうと思っていた。
それなのに、彼が廊下に居る。
「メシでも一緒にどうかと思ってよ。」
ああ、それで・・と納得したが、でもまた何故?と疑問が出る。
「どうして私なんでしょう。」
彼は今日、非番の日じゃなかっただろうか。
「お前とメシ食いたいなって思ったから。」
ニカッとまるでひまわりみたいに笑って見せた。
素敵な笑顔だと思った。
「・・・遠まわしに誘っているんですか?」
でもそんな事は決して言わない。
「ま、そんなモン。」
返事も軽い。どう?と聞かれて別段断わる理由もないので私は頷いた。
「じゃ、行くか。」
「・・・・どこに行くんですか?」
そしてこの手はなんでしょう?
握られた右手を見つめて私は言った。
「ヒミツ。」
引っ張られるように歩んでいた足を止める。
彼は振り向いて私を見た。
「大丈夫だっつーの、今迄不味いもん食わせたことあったか?」
「ない・・・ですけど・・。」
今迄何度か誘われて行ったところはどこも美味しかった。
「信じろよ。今度も旨いところ見つけたんだよ。」
やっぱり私の好きな笑顔を彼は見せてくれる。
「それなら、良いですけど・・・。」
なぜか信用させる笑顔。
「でもこの手・・・。」
繋いだ手は同性なのに随分と違って私より大きな手が私の彼より劣る細い手を包んでいる。
何となく厭な感じ。
「いいだろ?玄関まで繋いで行こうぜ。」
そこまでなら、誰も見ていないから良いだろ?
条件を出すみたいに彼は言う。
「・・・いいですよ。」
見られないなら。
秘密事みたいで私は細く笑んだ。
二人だけの秘密みたいで私は少し心踊る。
何でだろ?
なんで私は嬉しいの?
「本当に美味しい所なんですよね?」
「素直じゃねーな。」
ムッとして彼は言うので、私も負けじと言ってしまう。
「どうせ素直じゃありませんよ。」
素直じゃないのは言葉や態度だけじゃない。
私はそんな自分が少し嫌い、貴方は?
「別に、そーゆーところも好きだけどな、俺は。」
「・・・・。」
「ほら、行くぞ。」
「・・・はい。」
繋いだ手を軽く引ひかれて私はゆるゆると歩んで行く。

手は繋いだままで、私は玄関を抜けて、夕闇に溶ける太陽に向って二人歩んで行った。
                   終

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