鳴戸

□祈り
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質の悪い夏風邪を拗らせて病院に入院してしまった私に彼が心配して見舞いに来てくれた。
「これ、見舞いだ。」
「あ、ありがとうございます。でも、気を使わないでください。こんなことしょっちゅうなんですから。」
差し出した捻りのない果物の詰め合わせの籠を私に渡すと彼はベッドサイドの丸イスに座った。それから何を言おうか迷って、少し視線を泳がす彼に私は笑っていった。
「少し風邪をこじらせただけですから、本当に大丈夫ですよ。」
「本当か?」
怪訝そうに彼は私の言葉をいぶかしむ。
「本当にそれだけですから、もう二、三日すれば任務にも復帰できますよ。」
だからそんなに心配しないでください。と私は笑って彼に言う。
「ならいいんだが・・。」
彼はそう言いながらもどこか納得していない様子で眉を顰める。
「心配し過ぎですよゲンマさん。ただの風邪ですから。」
私は出来るだけ穏やかに何事もないように彼に言う。
彼はそれでも何か言いたげで頬を触る。
「汗かいてる。」
触った指が汗を拭う様に頬のラインをなぞる。
発熱で血色の良くなった私の肌は少し汗ばんで彼の指先を湿らす。
「そうですね。少し熱があるみたいです。」
大したことじゃありません。少し体調が崩れるとすぐに熱が出るんですと、私は言うがそれでも彼の眉が戻る事は無かった。
彼の気分を害さないようにと気をつけて彼の手を丁寧に退けた。
「これから任務なんでしょう?」
チラッと白い部屋の片隅にある時計に目をやりながら私は言う。
「・・・ああ、ライドウとな。けど大した任務じゃないよ。」
大丈夫だよ。と言葉を付け足した。
何に対して大丈夫と言ったのか解らないが私はコクンと頷いた。
「遅れないようにしてくださいね。ライドウさんにもよろしくと伝えてください。」
「伝えとく。」
もう時間かと名残惜しそうに言い、ドアに向って一歩二歩歩んでいく。
「いってらっしゃい。」
座位を保ちながら私はドア越しに消えて行く人影に手を振り送り出す。
ドアの向こうで気付いた彼は少しこちらを向いたが時間に急かされるように足早に姿を消した。
パタパタと彼の足音が遠く消えていく。それと同時にシンと静まった部屋。
彼から貰った果物籠を小灯台に置くとあとは何の音もしない。静けさが耳に痛い。一人の病室は必要最低限のもの以外何も無くて何をすることもままならない。
一面の白は潔癖を表しているようで目に痛い。
少しでも何か汚点があってくれればと思う。
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