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□無題 C
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「山田七席。」
官舎の廊下で呼ばれた声の出処を探すように山田花太郎はきょろきょろと周囲を見回した。
「山田七席、後ろです。」
言われて、花太郎は後ろを向く。上向いて見た人物が見知った人だと気付いて花太郎はほっとしたように笑った。返すように緩やかな笑みを相手も浮かべた。
「どうしたんですか荻堂さん。」
花太郎を呼び止めたのは四番隊八席荻堂春信だった。
「何度も言うようですが俺に敬語は使わなくていいんですよ。山田七席。貴方の方が上官なんですから…。」
最早常套句となっている注意を一応する荻堂は向き直った花太郎に続けて言った。上官といっても万年七席に近い花太郎とグングンと昇って来ている荻堂を比べればどう考えても荻堂の方が偉いように花太郎には思える。すぐ追い越され、そんな言葉もかけなくなるだろう。花太郎はそんな経験ばかりを積んでいるので誰にでも敬語を使う。
「また伊江村三席が呼んでましたよ。」
と言うと花太郎は途端に落ちつない様子で荻堂に尋ねた。
「えっ!?…ど、どうしてでしょう…」
「さぁ…でもかなりご立腹の様でしたけれど…。」
伊江村の「山田――――っ」とがなられる声を思い出したのか真っ青になりながら花太郎は肩をすくませる。荻堂はそんな花太郎を見ながら「なにかしましたか?」と問うと花太郎はブンブンと頭を振った。花太郎はなにか怒られるようなことをした覚えは一つもない。
「じゃあただのヒステリーかもしれませんね。」
放っておきましょうか?と柔らかく笑いながら荻堂が言うものだから花太郎もつられて頷いてしまった。しかしすぐにはっとして焦ったように荻堂に言った。
「お、荻堂さん!あの、いいんですか?荻堂さん僕を呼ぶように言われて来たんじゃ…。」怒られてしまいますよ。と袂を少し引っ張りながら言うと荻堂は一瞬驚いたように目を見開いた後、いつもの表情に戻った。
「…、山田七席はお優しいですね。俺は平気ですよ。直接呼ぶように言われていませんから変態的なお仕置きは無しです。」
『変態的なお仕置き』なるものについて花太郎は敢えて触れず荻堂に更に尋ねた。
「では、なんで荻堂さんがボクを探していたんですか?」
尋ねる瞳は自分がなにかしでかしたのではないか、という不安が一杯に広がっている。
「いえ、俺は別に山田七席を探してた訳ではなく…。」
見付けてしまったのだ。と言いかける。荻堂の本音はそれだ。目を引くと言うには何か違う気がする、目に付く、と表現した方がいいかもしれない。ともかく花太郎を見付けてしまう。見付けたらなぜか声を掛けてしまう。声を掛けたら何か話さなくてはいけなくなる。何か話題を探すとあまり二人に共通の話題などないからいつもの「伊江村三席」になってしまう。荻堂にとってこれは必然の方程式だった。けれどそれを山田花太郎に言ってもいいものだろうか?と、躊躇われる。普通なら嫌だろうと思うから。けれど目の前の山田花太郎は必死だ、いっそ悲愴感すら漂う。もっと自信を持ってもいいだろうに…ポツンと浮かんだ言葉。
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