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□無題 D
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ある日突然イクラは思った。
自分とタラオには接点がないのだと。
家が近所でなければ、タラオが磯野家に住んでいなければ、自分とタラオにはなんのつながりも無かった事に愕然とした。もしタラオが父親の親と住んでいたらイクラはタラオの事などまったく知らずに暮らしたことだろう。父親の生家は大阪にある。イクラとタラオは従兄弟でもなんでもない。タラオからみれば自分は鳩子だ。会わないで済めば一生会わなかったかもしれない。当たり前だった存在が実はどれだけ脆弱であるかということを思い知った。
タラオのいない生活なんて有り得ない。想像すらできない。いつも笑っていつも隣にいる。我が儘を言っても苦笑するだけで全てを許してくれる。それがイクラの当たり前だった。
イクラがいいようもない絶望に立たされたのは何気無い母親の一言だった。イクラがタラオに無理な我が儘を言ったことに母親のタイ子が怒ったのだ。タラオは大丈夫と優しく笑っていたけれどタラオが帰ってからも母親の小言は止まらなかった。
「たらちゃんだっていつまでもイクラばかりを相手にしていられないんですよ。」
耳を貸すつもりはなかった。母親のお小言はいつものことだったしタラオが自分のことを疎ましく思ってはいないと確信していたからだ。だが続けて言った母親の言葉に無視することができなかった。
「近くに住んでなかったらたらちゃんはイクラの事を知らなかっただろうに…イクラはたらちゃんのことが本当に好きなのね…。」
自分を知らなかったとは一体何の事かイクラは瞬時には理解できなかった。
「どうしてたらちゃんが知らないことになるの?」
溢した言葉に反応があったことに戸惑いながら母親は言った。
「そうね…イクラとたらちゃんは歳は近いけど兄弟ではないでしょう?」
コクリと頷いた。
「従兄弟とも違うでしょう?たらちゃんは遠縁のお兄さんになるのよ。」
母親の言葉はつまりタラオは接点がなければ知るよしもない関係だった筈だということだ。
「だから…イクラ解った?たらちゃんに我が儘ばかりを言うんじゃありませんよ。たらちゃんが優しいからイクラの我が儘に付き合ってあげてるんですから、ちゃんとたらちゃんの言うことを聞くんですよ。イクラも赤ちゃんじゃないんだから無理を押し付けては駄目よ。」
タイ子は説明はおしまいと言わんばかりにイクラとの会話をやめたがイクラはその言葉に非常な危機感とそして焦燥感が募った。
どうしたら脆弱な関係をもっと確なものに出来るのか。確固とした誰にも何も言われないで自分とタラオを繋げていられるものはないか、イクラは必死でその方法を考えた。何か。何か。焦るばかりで何も思い付かない。
「たらちゃんちに行ってくる。」
考えるより行動が先に出てしまった。母親が止めるのも聞かずにイクラは家を飛び出した。もう母親が連れて行かなくても一人で磯野家に行くことが出来る。
団地の階段を走るように早く下りあっと言う間に出口まで降り団地の前の道路に飛び出すと磯野家に走り出した。
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