鳴戸

□ハヤテ誕
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「先生ってさ、誕生日何時なの?」
保健室に入り浸る明るい蜂蜜色の髪をした生徒に何の前触れもなく尋ねられる。
「そんなことを聞いてどうするつもりですか?」
素直に答えればいいものを大人気なく尋ね返してしまった。
事務処理をしている窓際の事務机までやって来来た彼の顔がそんな言葉にニカッと笑ったことが不愉快だと思ってしまったのは、彼の日頃の行いのせいとしか言えない。
「別にいいじゃん、教えてくれたって。」
減るもんでもないし、と続ける彼に、しかし絶対何かは減ると自分の中だけで断言した。
彼が何も考えないで、そんなことを訊くはずがない。
じろりと睨むと彼はオーバーに肩をすくめて見せる。
「先生、そんなに俺に知られるのが嫌なの?それともなんかあんの?」
「誕生日にそれ以上の何があるって言うんですか。」
何を馬鹿なと言い捨てれば彼はニヤリと笑った。
その顔がまたなんとも癪に障った。
「じゃあ、俺に教えてくれてもいい筈だろう?」
「どうしてそう言うことになるんですか?」
彼の解釈には理解に苦しむ。
「だって、何も問題がないのに、どうして教えないんだよ。何も問題なければ堂々と言えばいい。」
そこまで言われては、まるで教えないで居る自分が悪いように聞こえてくる。
「別に誕生日くらい教えることに何の支障もないですよ。」
「じゃあ、教えてよ。」
仕舞ったと思った時にはもう遅い。満面の笑みを浮かべた彼が間髪入れずに畳み掛ける。
こうなったら、教えない訳にはいかない。不承不承自分の誕生日を口にする。
「11月です。」
「11月の何時?」
「11月2日。」
「ふーん。秋生まれだね。」
手元にあった小さなカレンダーをめくる。今はまだ10月だ。11月まで後数日ある。
「そうですけど・・君には何にも関係ないでしょう?」
「ううん、なんつーか思ったとおりだ。」
冷たく突き放した言い方をしても彼はニコニコと言葉を続ける。
「何が言いたいんですか。」
「先生のイメージ通りだなぁって。」
笑顔のままこちらを見る彼がいつものような大騒ぎもなく静かに眺めているのが気持ち悪い。何かあると思ったのは思い過ごしだったのか。
「もういいでしょう、授業が始まりますよ。自分の教室に戻ったらどうですか?」
さっさと出て行けというのを我慢して、態度で示す。
「はーい。」
彼は素直に返事をして席を立とうとしていた。
いつもなら多少騒ぎ立てるか、若しくは多少の実力行使を行わなければならないのに、それすらない彼の豹変振りにやや面食らう。
ドアの向こうに消える背中を奇妙な気持ちで見送った。

そんなことがあったことすら忘れたある日、彼がまたいつものように保健室にやってきていた。
「健康な人が来るところじゃないんですがね。」
いつものように、窘める。しかし今日の彼は、いつものような反応を見せない。
もじもじとどこかよそよそしくしている彼を訝しんでると、おもむろにポケットから小さな紙包みを目の前に出してきた。
「何ですか?」
「プレゼント。」
彼は自分の言葉に照れているようだった。小さな青色の紙包みをじっと見つめて言った。
「君から贈答品を受け取る理由がないんですが。」
そもそもそんなものを学校に持ち込むこと自体が校則違反だ。
「この前誕生日聞いたじゃん。」
「そうでしたっけ・・・?」
そう言う彼の言葉に最早忘れてしまったと言えば、彼は不満そうな顔を露骨にした。
「教えてくれた。」
その顔が歳相応に見えて微笑ましく思ってしまう。
少し、可笑しい気分にもなって知らず知らずのうちに苦笑していたらしい。彼はますます不満そうな顔をした。
「それで態々買ってくれたんですか。」
コクリと頷く、これはもう素直に受け取ったほうがいいだろうと判断する。
「ありがとう。」
短く礼を言うと青い小箱を受け取った。
案外軽い重さを掌に返してくるものの内容が気になった。
「開けてもいいですか?」
こくんとまた頷く。いつもの彼からは想像もつかないほど大人しい。
丁寧にぴりぴりと紙包みを開いていくと小さな小箱が出てきた。
見たことがあるような、ないような・・・。
ここまで来ると中身が大体分かってくる。
「不知火君・・・これ、私にどうしろと・・・?」
小さな小箱の中心に小さく納まっている指環。シンプルなデザインの指環はどうみてもエンゲージリングに見えた。
「つけてくれ。」
恥らう彼の言葉など、もう耳に入っていなかった。
ブルブル震える体は感激のためにうち震えているのではない。
「ふざけるのもいい加減にしなさい!!」
怒りに震えていたのだ。その怒りを乗せて繰り出した拳は彼の左頬にクリーンヒットし、にやけた顔が派手に歪んで彼は無様に吹っ飛んだ。
「ぶふっ!」
殴った勢いでキラキラと光りながら小さな指環も飛んでいった。

おわり
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