鳴戸

□まひるの月
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暗闇に手を伸ばす。
「あっ・・・。」
熱に浮遊する。
それは錯覚で、本当はきっと浮いてなんかいない。
けれど溺れるような感覚に所在を確かめたくて、私は手探りで彼を探す。
答えるようにその手を取って深く抱いてくれる。
私はその腕に肩に安心して私は呼吸する。
彼は私をくまなく探り、私を追い詰める。
膨張する熱の扱いに私はまだ馴れなくて、狂おしい、もどかしい思いをする。
助けてくれるのは何時も彼で、私はただ必死で彼の腕と所在を探す。さ迷う腕を優しく掴んでその手の甲にキスをする。
「ハヤテ、平気か?」
囁く声が心地いい。私はうっとりと聞き入って、ぼんやりと間近になった彼の顔を見つめる。
「へいき、です。」
腕から登って額にキスされた。優しく。浮いていた身体がふわりと包み込まれて支えられる。その腕がとてつもなく安心できて嬉しくなる。
「辛かったら、言えよ?」
暗闇の中に、闇を跳ね除ける様に浮き上がる薄い色彩をうっとりと眺めた。
ぼんやりとした輪郭はまるで朧月のように浮かび上がる顔。
彼が何を意図していたか解ったので私は素直に頷いた。
愛撫とキスだけだった腕が私の太腿を掴みあげる。
掴んだ腕は真直ぐに下ろされ双丘を割る。
「あっ。」
ゆっくりと侵入する長い指。
深く深く私の中を探る彼の指が蠢く。
内臓をかきまわされるような感覚が襲う。
息が詰まる、苦しい。
浅い呼吸を繰り返した。
「辛いか・・?」
私は必死で首を横に振った。
息苦しいのは確かで、でもそれだけじゃないから私は彼を急かす。
貴方の好きなようにして欲しいと、言いたい。
そう言うと彼は少し顔を歪ませて笑う。
そして、無理させたくないんだ、と言う。
私は構わないのに、彼はもしかしたら私のことを私より知っているのかもしれない。
それは本当は危惧すべき事なのだけれど今はただこの体温と愛撫に溺れていたい。
やがて彼はその長い指を引き抜いて彼自身を宛がう。
さっきとはまるで質量の違う彼が侵入してくる。
彼の熱が私の中で膨張する。
それは私自身の熱の様にも感じて、焼かれるような感覚に犯される。
熱が身体中を支配しても腕を伸ばせばすぐそこに貴方の体温があって溶けて融解する。
緩やかに波打つように押しては引いて送り返すかと思えば、時に激しく揺さ振られる。
浮遊する感覚、溺れるような感覚両極端な感覚が両方ある。
けれど、貴方が傍にいる事が解る。
それがとても安心できて私は彼の存在を言葉にして出す。
「ゲンマさん。」
今だけはこの時だけは自分がここにいてちゃんと貴方の中にいるそれが分かる喜びがある。
「なんだ?」
呼び掛けた彼は顔を覗き込んでくる。
闇の中に浮かんだ彼の瞳の色が綺麗で笑った。
「なんでもありません。」
呼んで返って来る言葉に存在を実感する事ができてそれだけがとても嬉しくてまた笑った。
ここに確かに存在していると言うまるで確認のようだ。
「・・・・?」
彼は怪訝な顔をする。
「気にしないで下さい。呼びたかっただけです。」
近付いた頬に自分の頬を摺り寄せて耳に囁き目を瞑った。密着した身体を更に重ねて抱いた。
「ゲンマさんで良かった。」
彼は聞えてなかったみたいでまた聞き返す。
「なんか言ったか?」
「なんでもありません。ゲンマさんを好きになって良かったって言ったんです。」
「そりゃ男冥利につきるな。」
「そうですか?」
私なんかが好意を寄せてこの人の何の役に立つのだろうと思っても彼はまるで大輪の華のような笑顔を浮かべて言う。
「お前美人だもん。」
「そうですか?」
こんな何もない人間の何が美しいと思うのだろう。
生まれてきた身体でさえ、満足なものではないのに。
しかし彼はとても意外そうに、そして当たり前のように言う。
「綺麗じゃねーか。」
痩せた青白い男の身体を彼は綺麗と慈しむように撫でる。
「肌はすべすべだしよ。髪は絹糸みてーだし。」
ただ黒いだけの髪を指で梳いて弄ぶ。うっとりと髪を梳くその姿すら様になるのだから堪らない。
「それはゲンマさんでしょ?」
梳いて遊ぶ腕をそっと離して彼の大きな手を私の粗末な手で包んで握る。
きれいだと本当に思う。ただ美しいだけでなくちゃんと男の人としての魅力もある。
生に満ち満ちていて私には眩しいくらい。
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