鳴戸

□まひるの月
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「ゲンマさんの方がずっと魅力的ですよ。」
眩しげに薄目で微笑むと彼はすこし見開いた目を向けたがすぐに細める。
「そうか?ま、俺みたいないい男は捜したってそういねーけどよ。」
彼は冗談めかして笑ったので私も笑った。
「ゲンマさんで本当によかった。」
「ずっとこのままでいような。来年も再来年も・・・その先もずっと。」
抱き寄せられる。額を合わせて近くで囁かれる。
まるで秘密の約束を交わすように。
「そうですね。ずっと一緒にいれたら幸せですね。」
私は彼の言葉に綻んで見せる。
彼を近くに感じてわたしはまどろむ。
この時がこの瞬間が何より幸せだと思う。
余り長い未来展望はないとしても、私も、貴方といたいと本心から思うから私の言葉は嘘ではない。
人として私は彼に覚えていて欲しかった。
忍びの最後はあまりに惨めだ。私の最後が忍びの最後と同じか解らないが綺麗な死に方はできないだろう。
死んでも、その後に残るのは冷たい石に刻まれた自分の名前しかない。
そして「英雄」と言われるが、それすらなんの意味があるのか。空洞化していく記号にはなりたくない。
けれど、なにかを後世に残す事は叶わない。
でも、なにかを残したかった。品物で残す事ができないのなら別のもので、自分の生きていた証を残したかった。
彼には酷い事をしている自覚は持っている。
せめてもの償いに精一杯彼の前では笑うようにしている。
それくらいしか私には彼に返すものがないから。
何かを持って逝くことも何かを残して逝くことも叶わないから。
「好きです。ゲンマさん。」
私の精一杯の償いにも似た告白。
その心に偽りはないんですよ。
ぎゅっと彼を抱き締める。その存在を忘れたくないから。
彼の温もりと匂いを心に刻む為に、ただぎゅっと抱き締めた。
「好きですゲンマさん。」
繰り返す、言葉、何度でも言う。
嘘を付くのは随分と旨くなってしまった。
時間が人に平等にあると誰が言ったか、時間すら私には平等に無い。
幸せという記憶と象徴を私は欲しました。
貴方は私の、象徴です。
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