ソラの奇跡たち

□第1話 毀れた平和
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「え〜っと、ここをこうつなげて、ここは……。」

 広く静かな部屋に、コンピュータのキーを叩く音と、ぶつぶつとつぶやく少女の声が響く。

 ここは、工業カレッジのキャンパス内にある研究棟と呼ばれる建物である。その中の製図室という部屋に、少女はいた。

 少女の名は、チヒラ・アズカヤフ。短く揃えられた褐色の髪と、日が傾き始めた頃の空をそのまま写したような鮮やかなオレンジ色の瞳が特徴的な、工業カレッジで機械工学を学ぶ18歳の学生である。

 現在チヒラは、機械の回路図を書くという数日前に出された製図の課題をこなす為に、一心不乱にコンピュータに向かっていた。

 そしていつしかチヒラはマウスを操作し、キーを叩いていた手を止める。じっと見つめる画面の先では、今まで打っていた回路図がメディアに保存されて行くのを示すバーがだんだんと埋まって行く。

 そしてしばしの時間のあと、バーがすべて埋まり、保存が完了したことを伝える。チヒラはそこで初めて張り詰めていた空気を解き、コンピュータを閉じてメディアを取り出した。

「うーん、終わった〜! 課題も完成したしっ!」
「お疲れさま、チヒラ君。」
「うひゃあああああっ!!??」

 その時、独り言に返事が返って来たことにチヒラはびっくりして声を上げる。振り向くと、そこにはスーツの上に白衣を羽織った、理知的な雰囲気の男が立っていた。

 彼の名はソメノ。チヒラが所属するゼミの指導教官でもある教授であった。

「ソメノ教授! もう、びっくりするじゃないですか!!」
「すまなかったね。そこまで驚くとは、こちらも想定外だったよ。」
「誰もいないと思ってた所にいきなり第三者の声がすれば驚きますよ……。」

 チヒラは呆れた声でソメノに言う。

 ソメノは時に、天然ボケとも思える程、周囲とズレた発言をすることがある。「いい所ではあるんだけどなぁ……。」と心の中で思いつつ、チヒラはふと気になったことを尋ねる。

「ところで教授、何でこっちに来たんですか? 今日は仕事で、研究室にカンヅメって聞きましたけど……。」
「息抜きだよ。さすがの僕でも、ずっと仕事できる程できた人間ではないからね。ところで、君がさっきまでやっていたのは、この前出した課題だね? 提出期限までは、まだ1週間以上もあるはずだが……。」


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