STORY = B

□彷徨う烟は貴方の為に(就佐?)
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不意に視界の端を掠める飛行物。
反射的に手を出して、一瞬理解に苦しんで、一拍間を置いてからその意味に気付く。

「捨てろ、って事じゃないよね」

まずは取り敢えず、と空中キャッチした煙草の空箱をくしゃっと潰してゴミ箱へ。
次いでその空箱が飛来した元近くにある財布(凄いや、ブランド物だ)を拝借。
気配に気付いた持ち主は、パソコンの画面から目を逸らす事も、忙しなくキーボードを叩く手を止める事もしないまま、

「…何だ」

と声を掛けてきた。

「1箱?ライターとかは?」
「最低2箱。出来れば1カートン。ライターは間に合っている」
「そ。じゃいってきまーす」

会話はそれだけ。
愛想も素っ気もあったもんじゃない。
が、用件が伝わればそれでいい。
こういう時のこの2人の会話なんてそんなものだ。

「自分から要求しといて何だはないよねぇ」

佐助は毎度の如く苦笑を洩らしながらオフィスを後にした。




***




今現在のオフィスはまるで戦場の如き様相を呈していた。
決算云々の書類から次のプレゼンがどうとやら、発注ミスが発覚して云々…等々、重なって欲しくない事ばかり重なってしまった結果である。

動ける人員が全員泊まり掛けで仕事をし始めて3日。
色々とガタが来た。
まず幸村の集中力が切れ使い物にならなくなり、次いで政宗がオーバーヒートしてぶっ倒れ、慶次と元親が不規則な生活が祟って風邪を引いた(元親は薄着の所為とも言う)。
流石にこれでは仕事が進むどころか看病で手一杯になって本末転倒である。
そこで仕方なく戦力外になった男達の世話を前田家と小十郎に一任(と書いて押し付けると読む)し、ぎりぎり支障なく動ける元就と佐助だけで出来る限りの仕事を片付けようとやっきになっているのであった。
時折休憩室から聞こえる呻き(発信源:政宗)がなんとも悲壮かつ恐ろしい。

それでも夕刻になろうかという頃にはこの果てがないと思われた仕事の山にも終わりの気配が差してきた。
ひとえに残った2人の手腕が素晴らしいだけなのだが、なら最初から2人だけでよかったんじゃないか、とか思うと次に来る山が恐いのでそれは考えない事にする佐助だった。

PC作業に明るく仕事も早い元就にそちらを一任し、自身は書類整理やら何やらの細かい作業をちまちまと正確にこなしていく。
どうやら今日は日付が変わる頃には家に帰れそうだ…と思って時計を振り仰いだ所で異変に気付く。

「…っわ、けむッ」

思わず顔の前で手扇をぱたぱたさせた。
今までずっと作業に没頭していたから気付かなかったらしいが、周囲が煙草臭かった。
見れば、忙しなく手元だけを動かす良く回る頭の持ち主が絶賛チェーンスモーキング中で、今もまた新しい煙草に火を付けんとしている所だった。

「げ、毛利の旦那煙草吸うの!?ってか吸いすぎ!!」

普段煙る姿など見たこともない元就が煙草をくわえている姿も異様と言えば異様だったが、それ以上に灰皿に堆く積み上げられた残骸の方が気になって、甲斐甲斐しくも灰皿を取り替えてやる自分がちょっとこわい…などと佐助は思った。
こちらに気付いて視線を向けてくる鳶色の瞳は画面を注視しすぎているらしく普段より瞬きの回数が少なく多少イッちゃってる様に見えなくもない。

「…溜まった仕事を追い込む時にはこうした方が進みが早い気がするだけだ。気にするな」

言うだけ言ってとっとと作業に戻る横顔にくわえられたままの煙草が新たな煙を燻らせている。
非喫煙者にはちょっとキツい状況だった…が、

「気にするなって言われてもこうケムいと流石に気にな…いえ、いえいえ何でもございませんよどうぞご随意にお進めください?」

キッと向けられた視線に射竦められてしまいしぶしぶそのまま作業に戻る。
ある種のワーカーホリックですか…と呟くのは胸中だけにしておくとして、今度から追い込みの時はマスクを手元に置いておこうと佐助は内心で誓った。



***



そんな佐助の決意などお構いなしに休む事なく煙り続けた結果、元就の手元にあった煙草はその後小一時間で底をついた。
空箱が投げて寄越されたのは、暗に『買ってこい』ということらしい。
普段から買い出しの係には慣れていたから別に断ることもない。
仕事に片の付く目処も立っていたから問題ないだろう。
いつもの様に元就の財布を拝借し(買い出しの時はちゃんと軍資金を出してくれる。もっともそれは相手が佐助だからであって他の人間相手では財布に触らせる事もしない)、余計な会話をしないうちに早々とフロアを後にした。

扉を隔てて存在した淀みない空気で先ずは気管をリセットして、それから残った仕事に支障が出ない様に足早に歩き出す。
とっとと行ってとっとと帰ってこなければきっとあの人は機嫌を損ねる。
と言うか寧ろ煙が切れた事で苛々されても困る。
こういった買い出しは早く済ませるに限る。

腕時計を見れば夜の7時を過ぎようとしていた。
最寄りのコンビニまで徒歩3分あまり。
行き帰り20分は掛からないだろう。

…と計算してから、佐助の中の世話焼きな部分がひょこっと顔を覗かせた。
借りたものとは違う、小銭が多い自分の財布と相談する。

「あのひと確か、」

若干の余裕を確認してから、頭の中で商品の陳列状態を思い浮かべる。
季節外れの蓬餅とかあるだろうか。
お団子類なんてコンビニで売ってたっけ。
まあなくてもヨーグルトくらいはあるか。

「甘い物は頭の働きを助けます、ってね」

元就が隠れ甘党だった事と先刻のちょっとイッちゃった顔とを思い出し、せっかくの買い出しだからオプションで甘い物でも買っていってやろうと思ったのだ。
今の仕事は終わるだろうが、それが終わった後に倒れられてもそれはそれで困る。
まあ自分も相当キてるけど、と佐助は思いつつ、多少の休憩を与えてやろうと思ったのは事実。
自腹を切るのはなんとなく、自分がどうにかしてやらないとノンストップで暴走して急にエンジンが止まりかねないと思ったから。

「俺様も大概おせっかいですかねぇ…」

佐助はそうひとりごちながら歩を速めた。
思い立ったが何とやら、あのひとが壊れる前にストッパーになってやろうではないか。

…またエンドレスチェーンスモーキングされても困るし。










そして買い出しを終えて帰ってきて、結局少ない選択肢の中から選んだフルーツヨーグルトを与えてみた所、滅多に見られないような元就の表情が見られて一瞬きゅんとしてしまった佐助がいた…というのはまた別の話。




終.


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