STORY = B

□en everlasting(親+就)
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背は決して高くはない。
寧ろ男、それも戦場を駆ける武人としては小柄にも過ぎる位だろう。体躯は細いし、きっと具足を外せば文人的な雰囲気を持つに違いない。
その整った顔立ちにしても、鋭さは際立つものの、歳を経て老成した様子は全く無い。

さてこれが齢八十にも手が届こうかという人間だと言ったら…いったい何人がそれを信じるか。




「どうした。狐にでも化かされたか」




目の前の麗人は口元を三日月に歪めて笑う。

中国・毛利の現当主は年若い輝元であったはず。
しかし此奴はその人ではない。輝元だとしたら多少歳をとりすぎている。
では前当主隆元か、といえばそうではない。彼は病で既にその命を落としている。
だとすれば、眼前のこの人物は何者なのか。




「…アンタは、誰だ」

「言っておろうが」




二度も名乗らせるな、と言うかんばせは勝ち誇った様な笑みが覆っている。
遊ばれている、そう思ったが反撃は出来なかった。
勢いのままに押し倒され、首元には輪の姿をしたその人の得物が薄く皮膚に食い込んでいる。




「おかしいだろが。だって」




この人と刀を交えたのは自分の祖父の代ではなかったか。




「貴様の祖と関わったのは認める」




薄い色の眼は爛々と輝いている。
あやかしや物の怪の類ではない。

しかしその名は―――










「我は毛利元就。日の本中国、毛利が将ぞ」










毛利、元就。

稀代の名将として名を馳せた人物である。
自身の膝元である安芸から中国を平定し、戦乱の中に名を刻んだ毛利の智将。

しかしそれは半世紀程前の話だ。
そんな人物が今顔を出す筈が無いのだ、本来ならば。




「…誰がそんな話信じるかっての」

「嘘だと思うならばそれもよかろう。だが我は、」




すい、と息がかかる程の距離まで顔を近付けて来る、過去の人を名乗る人物。
自信に満ちた瞳に気圧される。




「―――貴様は、人魚の話を知っておるか」

「はァ?」

「人魚だ。幻の珍獣」




淀みなく語る唇は生気に満ちて、疑ってかかるのが莫迦らしく思える程だ。

その昔、とある山寺の尼がひょんな事から人魚の肉を口にした。
その日からその尼は、齢を積む事もなく、死する事すらなく今も厭世にて暮らしているという。




「我は喰ったのだ」




人魚の肉を。

深まった笑みの中、元就を名乗る男は歌う様に囁き、しかしはっきりと言い切った。




「…はッ、」




質の悪い冗談だ、と言うのは簡単だが、不思議な事に全てを否定する気にはなれなかった。
その細身には釣り合わぬ程の気迫がそうさせたのかもしれない。




「貴様は止められぬか。あの比丘尼と同じ、ばけものと化したこの体を」




にい、と笑う表情が挑発の色に変わる。




「長曾我部元親…西海の鬼よ。我を楽しませてみよ」




純粋な殺気が頬を打つ。
幻にしろ化け物にしろ、世に謳われた名将と対峙しているのだ。
武門に生きる者として、これ程の好機はないだろう。










「…いいぜ、相手してやろうじゃねェか…毛利元就」










終.


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