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□空想理論
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「天化、」
声を掛けると、腰かけのような岩の上で少し俯いていた青年が顔を上げた
「あれ? スース。
どうかしたさ?」
さんさんとした眼差しを向けられ、少し困ってしまう
「特別な用はないぞ。」
そう一言置いて
「今日の予定が終わったから、
時間があるならどこかに連れていってもらおうかと思っただけだ。」
よこしまな笑みを浮かべて言ってみせると、
「そっか」と軽い返事と共に立ち上がった
「じゃ、案内するさ」
「え? すぐ?」
「かと思ったんだけど。
スースは準備が必要かい?」
「いや、支度は整っておる」
「じゃあ大丈夫さ!」
青年はまるでそれが当たり前の様に先を歩く
無計画な自分は、そのうしろを歩いた
頬を掠めるのは少し冷たい風
はぁっと息をはくと、
雲の様な吐息がふわりと溶けてゆく
そんな寒い日の、午後
空 想 理 論
「ここは春になると一番たんぽぽが咲く場所さ。
普通、あんま気にしないたんぽぽの香りがすっげぇ強くて驚くさ。」
「小道を通るのは難点だけど、
この辺の清流でなら、ここが一番綺麗さ」
「お、あったあった。
この木はちょっと特殊だから
後で使うようにちょっとだけ切って持ってくさ」
音も立てない刃物で小枝を手に落とすと、やっと止まる
「さっきからあんま喋んないけど、……つまんなかったさ?」
少し項垂れた天化への返事は
「…いや……」
―――普段より小さくなった
切ったばかりの小枝を指で回す天化の顔を恐る恐る見る
「…わしが全く知らない所ばかりをぽんぽん紹介されて……少し面食らった」
仮にも周の軍師である自分に、こんなにも知らない場所があったとは。
いや、軍師だからこそ知らなかったのかもしれない
――こんな、綺麗な場所を。
感嘆に満ちたこちらに安心したのか、来た道へと踵を返す
「『今日』の時間はまだあるさ。
早く次の場所へ向かわないと!」
段差の下から差しのべられた手に小さく息を吐く
「―――まったくだ」
その手を引かずに段差を飛び降りると、天化と目があった
「わしだって、見た目は老人じゃないからのう」
「…流石スース。」
「でも今日以外は違うかも知れんからその時はよろしく頼む。」
「それ胸張って言う言葉じゃねぇさ」
肩を下げた天化に、促す
「さぁ、次はどんな場所かのう?」