「原因を、教えて欲しい」

物陰に引き込み、やや上擦った声で問い掛ける。
アメリアは小さく首をかしげた後、ああと呟いた。
彼女にとっては、たいした問題ではないのだろうか。









柔らかな光が朝靄と混じり会う空間に差し込み、新たに旅立つ者、仮の宿りに身を休める者達で食堂はそれなりの賑わいを見せていた。
喧騒もなく、深夜から昨晩を通して降り続いた雨もとうに引いた、何一つ問題のない。平和を絵にかいたような朝。

その一角に、彼は居た。
長い金髪に異常なほど整った顔立ち。
無論考えるまでもなく旅の仲間であり、また別の仲間の自称保護者。
普段と変わりない席につき、いつも通りにモーニングセットを頼んでいる。異常は、もちろんそこではなかった。
悠然と言うよりやや自主性に欠けた穏和な青年は、普段ならばへらへらと笑みを溢し、気さくなまでに挨拶を欠かさない。
だが今朝に限ってはまるでゼルガディスが降りて来た事にも気付かず、そわそわと視線を這わせたり、足を世話しなく宙で遊ばせている。



「昨日、リナさんと喧嘩したらしいんです」


ああなるほど。


なんとなく、察する。



「だが、そんな事は珍しくないだろう」


普段ならば、リナが開き直って謝るかガウリイが一歩譲って和解する。
当人に言えば全力で否定されるだろうが、『喧嘩するほど仲が良い』とはあながち間違いでないと、この二人に出会って初めて思った。



「それがですね、仲直りしてないみたいなんです」

「…何?」

「リナさん、昨日盗賊いじめに行ったんですよ。
その時ちょっとトラブルがあったみたいで」


苦笑しながら、アメリアは言う。

つまり、盗賊いじめに行った先で何かしらのトラブルにあい、こっそりつけてきたガウリイの援護で切り抜けた。
が、ガウリイとしては自分のいない間にそんなことが起こっていたかと思うと面白いわけもなく、引くにも引けなかった――そんな所だろうか。



「過保護だな」

「良いじゃないですか」


「とは言われてもな、『アレ』とこれから部屋を共にしなければならないと思うと、身がもたん」

憂鬱な嘆息をつくと、アメリアは「大丈夫ですよ」軽く答えた。


「ちょっとした喧嘩です。
きっかけさえあればすぐ戻りますよ」

「きっかけがあれば、な」

「大丈夫ですって」


笑いながら席に戻って行くアメリアに続き、彼女の隣に腰をかけた。

正面にはやはり複雑な心境を隠そうともせず、ボーっと並べられた料理にも手をつけようとしない青年。
料理、と小さく示唆すると、はっとふりかぶってスプーンを握った。


「あ、あれいつの間に…?」




重症だ。




本日二回目の嘆息を胸中でつきかけた時、アメリアがおもむろに話を切り出した。


「リナさん遅いですね」


限りなく純粋に、青年の指がピクリと跳ねた。


「そ、だな」


「…アメリ「そういえば」


一瞬とめるべきかとも思い、牽制のために出した名前を遮って、

「具合が悪そうでしたよ。熱があるかもしれませんね」


「…熱?」

今度こそ、青年は顔を持ち上げた。
アメリアはわざとらしいまでに大げさな表情をつくるが、一向に気付いた様子もない。


「昨日、リナさん盗賊いじめに行ったみたいなんですけど、帰りに突然雨にあって」

「いや、盗賊いじめに行ったことも雨が降ったことも知ってるが…」


もごもごと口の奥で何やらうめいて、後は押し黙ってしまう。

しかし明らかに動揺した様子で、先程とは比べ物にならないほどせわしなく手先を動かし始めた。軽く貧乏揺すりを繰り返していることにも気付いていないだろう。

それにアメリアは口の端に不適なほどの笑みを浮かべて。




「見に行っていただけませんか、ガウリイさん」








複雑そうな表情を浮かべたものの、立ち上がると後は早かった。
颯爽と流れるように人混みを抜けて二階にかけあがっていく。



「後はなんとかなりますよ」

「聞いても良いか」

「どうかしました?」

「リナは本当に具合が悪いのか?」

真実ならば、これからの予定に支障が起きることは免れないだろうし、純粋に仲間として何かしなければ、いやしないとリナに後で何を言われるか分からない。

「いえ、部屋でぶーたれてましたけど」



ああ、リナといいアメリアといい、どうしてこんなにも恐ろしいのだろう?



「後で旦那かリナに言われるかもしれんぞ」

するとアメリアはしらっととぼけた顔で苦笑し、


「ゼルガディスさん。私何か言いましたか?」



少し思案した後、ゼルガディスは「いや何も」と答えた。




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