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□やさしい不細工
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そういえば、
俺はいつだったか見たことがあった。
いや、聞いたのかも知れない。
でもそこらへんは忘れた。
別に気にしたこともなかったし。
俺はそれで満足だし。
ただ幸運なのか不運なのか。
そこらへんがよくわからない。
ばかだからかもしんない。
でも、つるのさんは大好き。
目尻に皺よせて困った顔で笑ってるところとか、しゃべり方とか、

「そういえば、俺今なに喋ってました?」

昨日は仕事が終わって家に帰ったんです。
そしたら、床がズレてたんです。
あれは誰かがやったんです。
だって俺朝見た時はなんともなかったし。
升目がばらばらになってた。
俺知りません。
でもどうしても気に入らなかったから台所に行ってスポンジとって、床直そうとしたんです。
スポンジが泡だってくれなかった。
多分俺のせいです。
枕は最近ずっと話しかけてくるからこの前棄てた。

「そういえば、俺今なに喋ってました?」

カーテンの隙間から毎晩まわりを警戒してみてるんですけど、つるのさんも気を付けて下さい。
俺はなんでも出来ます。
つるのさんも守れます。
今つるのさんが泣きそうな顔してるのもきっとそいつらのせいです。

俺がつるのさんを守りますから!
「つるのさん泣かないで下さい。笑って下さい。」

大丈夫。
今もあいつらはここにいる俺達を見張ってますが、気にしちゃだめです。
つるのさんこっち来てください。
さっきまでロケで忙しかったのに。
俺は楽しかったです。
ロケでもきっと奴らは居ましたよ。
もしかしたら、スタッフさん達に紛れ込んでる可能性があります。
俺はつるのさんを抱き締めた。
彼は辛くて堪らないって顔をしてたけど、もう大丈夫。

「俺が守ってあげます。」

そう言ったら、うんうん、って震える声で俺の耳元で応えた。

ゆーちゃん可哀想に可哀想に

って言うんだもん。
だから抱き締める力をずっと強くして、俺は元気が取り柄だから全然平気です。
って言ったら、
うん、うんって。
そうこうしている間に俺は楽屋のドアに、つるのさん越しに気を常に向けた。
気配がする。気配が。
つるのさん暖かいなぁ。
抱き締める力を抜いて、また俺は喋った。
きっとつるのさんも元気になる。
楽屋の畳に爪を立てて目を一つ一つ数えてみる。
解放されたつるのさんは相変わらず笑ってないのに困った顔してる。
可愛い。

仕事中はいつも通りなのに、って。
一言呟くと俺を見た。
つるのさんつるのさん。

「うるさいです。黙ってて下さい。さっきから歌うたったりしてどうしたんですか?」

俺は鞄から煙草を出した。
煙草はいい感じ。
俺はこのあと家に帰ってから、食器と棚と雑誌とシンクと洗濯機の裏側を丁寧に念入りに調べて隠しカメラを見付けなきゃ。
忙しいな。
仕方ない、それをしなきゃ奴らに監視されっぱなしじゃないか。
煙を吐いて、心臓の鼓動を聞いてみた。
マネージャーさんはいつくるのかな。
酒は何を飲もうか。
そういえばつるのさんはさっきから黙ってばかりでどうしたんだろう。
俺ばっか喋っててなんかやだ。
この後仕事あるのかな。
灰皿は。枕は?
ふと鞄を覗いたらいろんな種類のカプセルや錠剤があった。
誰だ。こんなの入れたの。

「わかった。今日の朝テレビ局の玄関で俺を見ながら電話してた人だ…‥。いつ‥いつ入れたんだよ!ふざけんな!!」

手を鞄に突っ込むとそれらの薬類を全部放り出した。
側で固まってたつるのさんが俺を見て何かいってきたけど俺には聞こえなかった。
つるのさん喋れなくなっちゃったの?
どうしよう。
つるのさんが。
俺は守ってあげます、って言ったのに喋れなくなっちゃったつるのさんを見てすごい悲しくなっちゃって。
怒鳴って今日の朝見た奴を呼んだ。
名前なんか知らない。
つるのさんは相変わらず口パクばっかで分かんない。
つるのさんのピアスが目についた。
そういうことか。

「くっそ〜そうきたか!」

俺としたことが。
つるのさんのピアスにあったんだ!
俺は俺に縋り付くつるのさんの耳に鈍く光るねじを口で塞いだ。
これで奴らのカメラには何も写らないぞ。
いきなり噛みつかれたつるのさんは、俺とセックスしてるときみたいな感じの声で短い声をあげた。
つるのさんのふわふわふさふさした毛がくすぐったかったけど、監視カメラを見つけた俺はカメラを壊すことに専念する。
柔らかい耳たぶに付いてるそれは固くて噛み潰せそうにない。
つるのさんから遠ざけたくて舐めたり噛んだり繰り返してたら、つるのさんがやめろ、って。
やっぱりセックスしてるときみたいな声だったから俺は取り敢えずもっと声が聞きたかったから。
耳から口を離してつるのさんの口にキスした。
俺の背中に手を回すから体の前側が隙間なくくっついた。
つるのさんは暖かいなぁ。
震えなくても大丈夫です。
つるのさんは大好き。

俺は全部知ってっから。
巻き戻ししたら家に帰ってスポンジを取りに行く自分をそっと見てみようと思った。
つるのさんは俺が守ります。
そんなこと言った覚えなんかないのに、ふと頭に張り付いてきた。
多分今してるキスが終わった後で言うつもりなんだな自分。

ていうか、つるのさんピアスしてる方の耳たぶ赤いのはなんでだろ?



fin.

     
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