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□TIME IS OVER
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※リーマンパロ、つり糸


「あ、つるのさん。この資料午後からの会議に使うみたいなんで確認したらコピーお願いします。」

「はーい。」

都会の高層ビル群の一つで運営されているここは、それなりに大手の出版社だ。
一番広いこの階では、沢山の社員達が書類や本の重なり合う中で仕事をしている。

「はぁ‥午後の会議に使うって‥資料多すぎ‥」

年下で同僚の野久保から預かった分厚い書類の束を見て、つるのは溜め息が出た。
出勤してから朝一番の仕事が書類との睨めっこで、思わず欠伸まで出そうになる。

「つるのさん、きちんと確認しておかないと。それ副編集長が使うんですよー」

ミスがあったら面倒臭いことに、と困り顔で言った野久保の言葉を聞いて僅かにつるのの身体が揺れた。

「え、副編集長が‥?」

資料を持つ両手に力が入る。
今まで面倒臭さ全開で睨み付けるように流し読みしていた目が再び最初の行へ移った。

「えぇ、そうみたいですよ。あっはい、○○出版社です。」

それだけ言って斜め前の隙間から覗かせた顔を引っ込めると、忙しく鳴る電話を受けた。

野久保が喋った話が頭の中で膨らんで、思わずデスクの下で足をもじもじさせてしまう。
中学生でもこんなことで、胸をときめかしたりしないだろうが、今のつるのは相当舞い上がっていた。
朝から皆忙しい上に、デスクの周りや床にも沢山物が積み上げられていて良かったとさえ思った。

「(あぁどうしよ‥副編集長が‥‥っうわーヤバイ。)」

じりじり熱くなる耳を、やけに冷えた指先で押さえる。
自分が今持っている位置に副編集長も指を置いて、自分も見たところを同じように目で追うんだ、と考えだすともじもじするのが止められなかった。
並んだ平社員のデスクの列を見渡す様な形で向いている副編集長の一段と大きなデスクに、ちらっと目を向ける。
そこから遠くもなく、近くもない距離に位置するつるのはデスク上に重なる障害物の間からじっと見つめることが出来た。

「企画書は僕が出しときますから。うん、それで○○さんの原稿届いてるから上に持ってってもらえる?」

寄せられる多くの企画やら原稿やら両手に持ち伏せた目で流し読みしていく。
つるのには、その伏せた目や紙を捲る手や爪まで堪らなかった。

「はい。分かりました。」

了解したその社員は急ぎ足で仕事に向かい、入れ換わりすぐに別の社員が副編集長のデスクの前に来る。

「上地副編集長、今日の会議のことで編集長がー‥‥」

今日の会議という単語で、はっとしたつるのは呆気ていた顔を書面に戻し急いで確認する。
コピーしに立ち上がる時、何気無い感じを装って副編集長を見ると満面の笑みで話をしていた。
一方的に思いを寄せているだけの、ただの上司と部下という関係にやるせなさを感じる。



   *



バタンッ

「‥はぁ〜、っもうなんでー!」

16時から始まった会議を終えて、ぞろぞろと会議室から集まっていた会社の重役達が出ていく。
上地は一番最後に部屋を出ると乱暴に閉め、扉にぶつかる様にもたれずるずるしゃがみ込んだ。

「‥‥書類確認したの誰だよ‥」

しばらく膝に額を乗せて黙りこんでいたが、すくっと立ち上がると自らの仕事場へ苛立ちながら足早に向かった。
眼鏡を外し目頭を押さえ再び掛けると目の前に野久保が通りかかった。

「ちょっとー!ノック、どおしてくれんのー!?」

目にかかる前髪をかきあげ、眉間に皺を寄せたまま周りを気にせず呼び止める。

「は?ちょ、いくらなんでも仕事中にその呼び方止めてくださいよ。」
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