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□悲しい涙だけじゃないんだよ、だから笑って??
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流れる水音は静寂をよぎらせる早朝にも、絶えることなく響いている。決して煩いと言うことはなく、むしろ耳に心地良いくらいだ。街全体がどこか落ち着かない雰囲気に包まれているのには、勿論理由があった。何でも、この街にある客人がやって来るらしいからだ。ピオニー九世陛下に謁見を申し入れに来るとのことだったが、その人は庶民達にとっては皇帝と同等と言っても過言ではない程の地位の持ち主なので、こんな朝早くから皆がせわしないのも無理はない。

「そう言えば、今日はナタリアが来る日だよな…」

そんな街人達を見やりながら、金髪の青年は思い出したように呟いた。色々な事情があり皇帝に近い位置付けに在るせいか、その話は一週間程前から聞かされていた。彼女は今の街人達と大差ない程せわしない人だったから、少し前から連絡が入っていたと言うのは、少し不思議な感覚がした。

「まあ……立場的にも人間的にも、非常識な人ではなかったからな」

「誰がですの?」

「へ……っ?」

何の気なしに漏らした言葉に相槌を打たれ、ガイは驚いてつい情けない声を上げてしまう。視線を向けた先には、橙色に近い金髪の女性が腰に手を当てて立っていた。一年近く前に別れたきりだった彼女は外見はさほど変わっておらず、その金髪は巻き毛にされたままだった。成長期は過ぎているらしく、背が伸びた様子もなく、共に旅をしていた頃と似たような装いだ。

「ナタリア、随分と早かったんだね」

まるで宿屋の一階で彼女が起きてくるのを待っていたかの様な口ぶりで言う。離れていた時間などなかったかの様な雰囲気に、ナタリアは少し安心した様に微笑んだ。

「あ…!わたくし、少し挨拶してまわらなければならない所がありますの。またお会いしましょうね」

「え、ちょっと待ってくれよナタリア……行っちまったか」

駆けていく彼女の背中を見送って、苦笑まじりに手を振った。




この街は、時間によって様々な顔を見せる。流れる水が朝焼けに映え、太陽の陽射しをその身に映し、今の時間は夕闇に照らされて、橙色に染まっているからだろうか。街並に合わせたのか、真白のベンチに腰掛けて、ふと思う。
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