REVENANT

□隔靴掻痒
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飛羽が案内したのは森の入り口付近。
確かに此処ならば夜襲があっても周りに高い場所はない開けた地域、何かあっても森の中に逃げれば相手の動きも制限される。
それに比べて流浪していて森に慣れている此方は素早く待避することが出来る。もしはぐれた民が出たとしても受け入れてくれそうな町が近くに点在するこの場所は一晩遣り過ごすのにもってこいだろう。
クラウスは一番森に近い所から民達が夜営の準備をするのを見ていた。
丸太に座って、用意された食事も木をテーブル代わりに使用してスープにライス、せれにいくつかの付け合わせ。とても一般的な王のイメージではない。
こんな状況になるまでは、大きな屋敷に住んでいたし、やたらと豪華な椅子に座って無意味に装飾されたテーブルに食べきれない程の料理が並べられているのを当たり前に思っていた。
中流の家庭ではこの程度の食事が普通らしいと知った時は驚いたが、もう20年程こんな生活をしていれば流石に慣れる。
スープを口に運んで、一つ溜め息。
もうマナーなど忘れたかのように適当に物を口に入れて腹を満たす。と、クラウスは立ち上がって一緒に食事をしていた飛羽と父カルディアスを一瞥した。


「僕は少し歩いて来るフェイは皆を頼むぞ」
「こんな時間に何処へ行かれるんです?」
「少し一人になりたいだけだ」

そんなやりとりをして森の中に姿を消した。

「好きにさせておやり」

カルディアスの声を聞いてクラウスの背から、彼の紫の瞳に視線を移す。
小さく頷いて、もう一度見えなくなったクラウスの残影を木々の合間に見る。

「考え事でしょうか?」
「だろうね、大方想い人のかね?」

分かっていながらカルディアスは語尾を濁らせてクツクツと喉の奥で笑う。
飛羽はクラウスの残して行った食器を重ねて傍にいた女に渡し、彼が座っていた丸太に腰を下ろして深く息を吐く。疲れと、困惑の混じる表情で。
民を頼む、などと言われても、戦いは終わって今は穏やか、会話くらいしかする事などない。

「恋するのは良い事でしょう、ですが相手が悪いですね」
「クスッ……いいんじゃないかい?困難な恋程燃えるものだよ」

困難で済む問題ではないと叫びたくなる。
何せ相手が敵の総大将なのだから。
額に手を当てて目を瞑る。

「飛羽……止める事はしないでやっておくれ」
「…………」
「あの子は今まで沢山妥協してきた。だから、ね?」

言葉なんて返せない。
自分もどうしたらいいかなんて答えがだせないのだから。
クラウスが好きだから自由でいてほしい、だが、想いが叶わないと分かっているのに期待して彼が傷付くのも見たくない。
錯綜する思いに歯をくい縛って眉間に皺を寄せるしかない。

「お前はクラウスが心配で仕方ないんだね?」
「当たり前です」
「フフ……愛しているから?」
「義弟として……」

カルディアスの言葉に付け足す様に言って、だがそれは自分にいい聞かせるという役割を兼ねている。
これは恋ではなく家族間の愛情であると。
そんな飛羽の様子に気付かないカルディアスではない。いつもの妖しい笑い声を軽快に響かせて告げる。

「辛くなるよ?」

自分の気持ちを誤魔化していつまでも何も言わずに義弟として時に軍師として遣えるとは、クラウスが誰かと馴れ合うのを黙って見ていなければならない事だと、飛羽自身が一番理解しているだろうから、だから主旨は省いてそれだけを問掛けた。
手を下ろしてカルディアスの無機質な仮面を睨む。

「覚悟の上です」

決して揺るがない意識と強い想いが痛い程伝わる瞳をする、それが愛情故に決めた事ならばカルディアスに飛羽を止める権利はない。

「ならばいい……お前がそう決めたのならね」

いつもの事だがカルディアスは深意が分からない言葉しか言わない。
止めるでもなく、否定するでもなく、だが賛成でもない、そんな台詞しか聞いた事がない。
己の意見ではなく、いちいち相手の気持ちに合わせて深意を見せない、のらりくらりと水の上を漂う舵の無い船ねような魔人だ。
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