其他

□居場所は、
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「いーざーやくーん」


先ほどから名前を呼ぶも、パソコンにかじりつく目の前の男は、なかなかこちらを向こうとしない。
数十分前電話で呼び出され、のこのこ来た自分が恨めしい。
今更後悔したところで何も変わらないのだけれど。

それにしても、この男は呼び出したくせに何時まで放っておくつもりなのだろうか。
波江さん居らず、2人きりの部屋には臨也のキーボードをたたく音と、私の珈琲を飲む音しか聞こえない。
正直、自分の飲み物を飲む音がするなど恥ずかしい限りなのだが、他にやることもないので目の前の珈琲を口に運ぶ。

しかし、その珈琲も残り僅かとなり、すべてを飲み干すとソファーから立ち上がる。
数歩ほど歩き、リビングの出入り口にあるドアに手をかけ、ドアをひいた。
はずだったのだが、自分の上に重ねられた手によって制止されていた。


「どーこ行くのかな?」


爽やかではあるが、若干黒いものを感じる笑みを浮かべた臨也に、ドアを挟んで挟まれており、前にも後ろにも進めない。


「ちょっ、仕事してたんじゃないの?」


「誰かさんのせいで休憩中」


先ほどまで呼びかけても無視し続けていたくせに、こういう時だけ私を理由に使うなんて卑怯だ。
無視され続けたための苛つきと、今の状況に対する苛つきから目の前の男を殴るも、あっさり受け止められた。
手のひらに包まれた拳を、かたく握りしめると、少しだけ目の奥が熱くなるのを感じた。


「…さっきまで無視してたくせに、私が何処に行こうがほっといてくれれば良いのに」


はっきり言い放ったつもりだったが、声は掠れ気味で震えているのが分かった。
まるで今にも泣き出しそうな声に、下唇を噛み締める。


「そんなに強く噛むと、唇切れちゃうって」


臨也はそう言いながら、親指で私の唇を左右に往復させながら触った。
その感覚に耐えきれそうもなく、大人しく下唇を噛むのをやめる。
同時に臨也も唇を触るのをやめ、ドアのぶにあった手を背中に回し身体を包み込んだ。
肩に顎を置くと、耳元を撫でる。


「勝手どこかへなんて行かせない、




君の居場所は、此処なんだからさ

それはまるで甘美な囁きで


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