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□今、賛美歌を君に。2
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Drawn by Thee, our souls aspiring
Sour to uncreated lighit


放課後のトーンが、僕を襲う。




今、賛美歌を君に。2




朝目覚めると、音が消えていた。
何もない真っ白な世界。
すべての音が消失した世界にたったひとり、僕は取り残された。

声を発してみても、自分の声すら囀ることを忘れたカナリヤのように消失していた。
それほどのかすかな声さえも。

黄色くて、黒い目のくりっとした可愛いカナリヤは首をかしげながら僕を見ている。
そうかと思うと、一瞬にして空高く飛び去っていった。
彼の羽音さえ失われていた。

(静かだな…)

なんて清浄な世界なんだろう。
醜いものなどないもない。
温度も、感情さえも。

僕は久しぶりに平穏を味わった。
音を探し、追いかけることがいかにエネルギーがいるかということを目の当たりにした。
ああ、そうか。
僕はいつも身を削るようにして音楽と向き合っていたんだな。


(僕はいつまでここにいるんだろう…)

帰りたいな。
あなたの音にあふれた世界へ。
鮮やかなあなたの音になら、身を捧げても良いです。
たとえ、音楽の奴隷になっても。



そう思ったとき、目が覚めた。
ああ、祈りが通じたみたいだ。


「という夢を見ました。」

「それは…すごい夢だね。」

「そうでしょうか。」

「うん。(私の音に身を捧げるとか…)」

「僕は嫌でした。確かに気は楽だったんです。でも、それが嫌でした。」

「?」


ガタっ、と椅子がブレる。
足元に鈍いバイブレーション。
暖かい志水の腕が香穂子の背中にまわされてはじめて、香穂子は志水が突然立ち上がったせいだと気づいた。

香穂子の襟元の髪に、暖かい呼吸が埋まった。

「あなたのことを失うんじゃないかと思いました。」


「うん。」

「永遠に音のない世界に取り残されるかと思いました。」

「うん。」

「先輩の音が聴こえないことが怖い。」

「うん。」

香穂子は柔らかなくせっ毛を静かに撫でながら答える。

「後で、ヴァイオリン弾いてくれますか?」

「いいよ。」






髪の毛よりずっと柔らかな笑顔で、僕のマリアは微笑んだ。
 

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