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□今、讃美歌を君に。3
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Word of God, our flesh that fashioned
With the fire of life impassioned


今、讃美歌を君に。3




「トロイメライを弾いてください。」

「シューマンの?」

「はい。」

「でも、まだ始めたばかりだし…」

「良いです。」

「ちゃんと弾けるかどうか…」

「良いです。それはわかってます。」

「でもちゃんと弾けるようになってからの方が…」

「今聴きたいんです。」

「でも…あ、ほら、ヴィヴァルディの冬なんてこの間完成したばかりだし、」

「先輩。」

「はい。」

「僕はトロイメライが聴きたいって言ってるんです。
曲の完成度なんて関係ありません。
先輩が一週間前に譜読みを始めたことも知ってます。」

「うーん…」



「さっきヴァイオリン弾いてくれるって言ったじゃないですか。」

「言ったけど…」

「じゃあ弾いてください。」

「下手だよ?」

「余計な言葉は欲しくありません。僕が欲しいのは先輩の音です。」

「…………」

「……」



痛いほど鋭い視線だった。
でも、怒っているわけじゃない。
彼はただ静かに、落ち着いたまま香穂子に弾くことを要求しているだけだ。

ただ、そのストイックな冷静さが逆に獲物を狩る前の獣を連想させた。
それは、常に理論的に生きている冷静な殺し屋にも似ていた。

時に優しく、ただ頑なに要求を示す。
硬派で強烈にセクシー。
彼は暴力なんて利用せずに香穂子を殺せる。
実際はマーダーなんてないけど。


このままでも埒があかない。
志水は間違いなく香穂子が弾くまでこのまま待っている。


「志水君、先生に向いてるよ。」

「?何の話ですか…」

「いいの。じゃあ弾くから。」

「どうぞ。」



波打ち際で海が呼吸している。
天使の梯子がおりてきている。
教会で讃美歌がはじまる。
いびつな歌声が、あふれる。

下手でも一生懸命弾く香穂子の音に包みこまれる。








ただ、それだけなのに、
マリアが泣いているように見えた。
 

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