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□今、讃美歌を君に。4
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Striving still to truth unknown
Sooring, dying round Thy throne




最後のフレーズが、頭から離れない。
耳に残る天使の歌声が呼んでいる。
ヴァイオリンのささやきが聞こえる。
愛する人たちへ。
愛する人へ。
心から、溢れる旋律を。

今、あなたに贈ります。









今、讃美歌を君に。4










「素敵な演奏でした。」

「うう…やっぱりやめとけばよかった。」

「僕が弾いて欲しいって言ったから技術的なことはどうでもいいです。」

「そう言われてもな〜。」

何か腑に落ちないものを感じながら、香穂子はぶつぶつつぶやいた。



「香穂先輩?」

「な、何?」

「今までいろいろお話してきました。先輩の音のこととか、演奏の批評もしたりしました。」

「うん。」

「思ったことは素直に言ってきたつもりです。それで先輩に不快な思いをさせたりもしました。」

「うん。」

「僕は僕なりに先輩の音と真剣に向き合ってきた、そう思ってます。
音はその人柄や性質が出るから…」

「……?」

「(うまく言えないな…なんて言ったらいいんだろう。)えっと、つまり僕は先輩と真剣に向き合ってきたと思うんです。」

「うん。志水くんは公正な目で演奏を評価してくれてると思うよ。」

「ああ…でもそういうことじゃなくて、いつも僕が見ているのは香穂先輩なんです。音だけじゃなくて、いつも先輩を見てます。
とても、愛おしいから。」

「愛おしい…」

「はい、とても。
先輩の音が聖母マリアの歌声にきこえる。教会の讃美歌にも。それが、すごく愛おしい。」

「もったいない例えだね。」

「でも、本当の事だから嘘は言いません。僕はそういう嘘、ついたことないでしょう?」

「うん。」



いつもよりワントーン低い声で志水はつぶやくように、ささやくように話す。
静かに、甘く、優しい声色で。
それは、普段香穂子が聴いたことのない音色だった。


いつも年下の彼を幼い印象で見ていたことにふと気づかされる。
彼の精神は男の子特有の子供っぽさも残しながら、とても大人びている。

妙に老成している、とも言えるほど年寄りじみたことを言ったかと思えば、幼子がすり寄るように甘える彼はとても不思議。



「男」というよりは「子供とおじいちゃん」な印象のせいで非常にクリーンなイメージなのだ。
本当に、一見恋愛とは距離がある。



たとえば、火原先輩はとても男の子っぽい感じがする。青春の渦中でもがく若者って感じの青さがある。

たとえば、加地くんはすごくもてそうだから恋愛関係には詳しそう。実際に付き合うかは別としても興味はあるだろうし。

たとえば、月森くんは恋愛には興味なさそうだけど清潔で綺麗。整った美しい顔立ちでも骨格から、仕種から男の人だと強く主張してる。



じゃあ、志水くんは?



こんなにも男の子だと感じたことがかつてあっただろうか。
「愛おしい」の一言が胸の奥にずっしり重いと感じたことは?
「好き」とかじゃない言葉選びが彼らしい。
愛の告白を受けているというのに。



「先輩、僕のことどう思いますか?
僕の一方通行ですか?
他の人のことは…よくわからないけど、先輩と僕は単なる友達とかじゃない気がします。
そのことに、最近気づいたんです。」


そうだ、香穂先輩と僕はもう友達じゃない。
関わり方が変わって、関係性が変わって、お互いにそれがわかる。

でも今、改めて不思議に思ってる。
どうして今まで気付かなかったのか。
はっきり言葉にしたことはなかったけど、これが好きってことなんだろうな。

聖母マリアの面影と讃美歌が邪魔をして、ただ気になるだけだと思っていたけど、そうじゃなかった。


「好きです、とても。」

「うん。」

「僕とずっと一緒にいてくれますか?
先輩の時間を少しだけ、僕と共有して欲しいんです。本当は少しじゃなくて全部が良いけど…でも、少しでいいんです。」

「いいよ。全部あげる。」

「これで、ちゃんと恋人同士ですね。
じゃあ、二人で良い結末にたどり着けるように頑張りましょう。」

「何かやっぱり論点違う気がするけど、ま、いっか。よろしく。」

「はい。よろしくお願いします。」





関係性が変わっても、本当は僕は僕のまま、先輩は先輩のまま。
教会で聴いたミサのような音色も。




今から、あなたのために弾きます。


天使の声があなたにも届くように。


色彩の波に包まれた世界に生きていることがわかるように。








深呼吸をして。


誰もいない教会の片隅で奏でる














今、讃美歌を君に。

























END
 

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