long

□distress
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光の重圧に。





Distress













毎日拝受のために神鳥の宇宙にあるジュリアスの執務室を訪ねていたエンジュは、ふと執務室の主人が柔らかな頬笑みで自分を迎えるようになったことに気付いた。

はじめのうちは重苦しい、それこそ威厳に満ちた様子で、まさに「光の尊厳」を象徴する人物だと思っていた。

そんな彼がいつの間にか「待っていた」と声をかけてくれることに気付いた時、エンジュは心の中で自分を認められた気がして自信と誇らしい気持ちになった。

決して彼の信頼を裏切らないようにしたい。

彼に認められることは即ち、聖地で認められ、足場を築いたことに他ならないからだ。



今日もエンジュは仕事で神鳥の聖地に来ていた。
神殿の長い廊下を歩いていると、見慣れた金髪が鮮やかに映る。
背の高い彼は光の化身のように朝日を受けて輝いていた。
挨拶をして駆け寄ると、ジュリアスはエンジュをみて言った。


「エンジュ、今晩時間はあるか?」

「はい。何でしょうか。」

「料理長から良い食材が入ったというのでエトワールとしての職務を労う意味でも、そなたと食事でも共にしようかと思ったのだ。」

「素敵ですね!喜んでお受けします。」

「そうか、では待っている。」



ジュリアスは優しげに目を細めて微笑んだ。
柔らかく張りのあるゴージャスブロンドが揺れる。
それだけ言って、彼は背を向けて廊下を後にした。








「ねえタンタン、私ジュリアス様から夕食に誘っていただいたわ。」

エンジュはトゥルージェムを撫でながら呟いた。

「絶対粗相のないようにしなくちゃ。少しでも礼儀を欠くようなことになったら大変だもの。ジュリアス様の御不快になるようなことだけは。」




(たかが光の守護聖じゃろうが。そんなに気を張らんでも…まあ、)
タンタンこと…トゥルージェムは、エンジュがジュリアスに認められたことを心から喜んでいたのを知っている手前温かく見守ることにした。






「お招きありがとうございます、ジュリアス様。」

「良く来たな。待っていた。さあ、席に案内しよう、掛けるがいい。」

「ありがとうございます。」


ジュリアスに案内されて席に着く。
真っ白で糊の効いたテーブルクロスが皺ひとつなくかかっている。
磨き上げられた銀食器が柔らかなな光沢を放っていて眩しい。

ナイフとフォークとスプーンが左右にきちんと必要な本数並んでいる。
昔作法の先生に外側から順に使うと習ったっけ。
横にある水を張った器はフィンガーボール。
絶対に中の水は飲んではいけない。
あくまで簡単に手を洗うためのものだ。

うっかり料理をこぼしても、床に落としても平然としていなければならない。
自ら拾うなど以ての外。
料理を切り分けるときは食器の音を立ててもいけない。

そんなことを一通りチェックしてジュリアスに向き直る。
マナーに不安があるなどというのは最悪なのだ。
例え不安を見抜かれても、初めて招かれた、あるいは偉い方の招きだから緊張してます、くらいに留めておけば可愛く見えることだろう。



「最近そなたの噂は神鳥の宇宙でも評判になっている。エトワールという大役の重圧もあるだろうが、そなたはよくやっている。」

「ありがとうございます。ジュリアス様にそう言っていただけて光栄です。」


はきはきと答える。無邪気なようではあなどられるから落ち着きを持って。



「ほう、良い瞳をしているな。」

「瞳、ですか?」

「そうだ。瞳を見ればわかる。そなたはエトワールとしての使命を全うできる自信に溢れた勇敢な瞳をしているぞ。」

「自信とまでは…、でも役目はきちんとやり遂げるつもりです。」

「そうか。自信なきものに尊厳は生まれない。勇気も誇りもまず自分の意思から生まれてくるものだ。そなたは確固たる意志によって輝いているのだな。」

「ジュリアス様もそうなのですか?守護聖としてのノブレスオブリージュを?」

「そうだな。そのように育ったのは確かだが、守護聖として自らの立場を認識するとともにやるべきことも定まってくるものだ。」

「私は聖地で日も浅いからでしょうか、そこまで達観できるようになるにはまだ時間がかかりそうです。」

「焦る必要はない。日々使命を全うすることでおのずと道も見えてくるだろう。」

「はい。」



苦笑しながらもエンジュは真っ直ぐジュリアスを見た。
彼もまた、優しく慈しむようにエンジュに微笑む。
エンジュは自分が彼にとってどう映っているのかと思う。
がっかりされていないだろうか。
彼は態度に表裏のない公正な人物だが、もしや、と懸念を抱かせるようなことではいけない。
何かあった時大事な役を任せてもらえないし、教えてももらえないかもしれない。




「では、いただくとしよう。」

前菜が用意され、食事が始まった。
取りあえず目立った問題もなく進む。
時折他愛ない話をしながら。
エンジュの方は粗相もなく、受け答えもしっかりしていた。
ジュリアスは普段どおりといった感じで執務や守護聖、エトワールの在り方についてを中心に日々の話を織り交ぜながら話していく。

彼の人柄が見える。
本人が言ったとおり瞳でわかるのかもしれない。
だが、エンジュにはジュリアスの器があまりに大きすぎて、その器の端が見えないと感じた。

まだだ。
まだまだ少しも追いつけない。
広い背中さえも見えない。
その輝く金の髪の先までも。









帰ってきたエンジュは、アウローラ号の私室のベッドでどっと押し寄せる疲労を感じた。
思いの外緊張していたようだ。
たかが食事でこうでは先が思いやられる。
もっと慣れて自然にこなせるようでなければ。

ぬいぐるみの姿になったタンタンを抱いて、エンジュは眠りについた。




























To be continued…

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