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□distress 4
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「はあ、もうゼフェルさまには毎回振り回されてる気がする…」

そうつぶやきながらエンジュはのろのろと廊下を歩いていた。
自分が今歩いているのは廊下のはずなのに、長すぎるうえに幅があるのでそれ自体がまるで一つの空間として成立してしまうようだった。
聖地の建物はみなやたらと広いのだ。

明るい大理石造りの廊下は心地よく、歩いているだけで穏やかな気持ちになる。


「これで音楽でも流れてたら映画みたいね…」



…………♪………♪♪………♪…♪♪〜♪……〜♪〜♪♪………♪♪〜♪♪〜♪♪♪…



「あれっ!本当に音楽っぽいもが聴こえてきてる……っぽい!!!」


それは夢ではなかった。
エンジュは音のする方向に引き寄せられるかの如く向かった。


「ハープ?かな……」


何やら弦をかき鳴らすような音だった。
ヴァイオリンのような伸びのある音ではなく、明らかにハープやマンドリンなどの人の手で直接奏でる楽器の類だ。

聖地で音楽が得意で、しかも楽器が竪琴ときたら全体的に水色なイメージのあの人しかいない。



「おやエンジュいつも御苦労さまです。今日もこちらにいらしていたのですね。」


やっぱりぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!



そこにはちょうど彼の胸に収まる程度の竪琴が柔らかく抱えられていた。
彼は相変わらずゆったりとした、やはり全体的に水色な感じの服だった。


「こんにちは、リュミエール様。あれ、今日はいつものフローラルグリーンの衣装じゃないんですね。」

「ああ、珍しいですか?さっき少し…少し色々とあったのです。」

「い、色々と…ですか。」


そう言うリュミエールの顔はふっと悲しげな表情を見せていたが、一瞬何やら苦々しげな…黒く渦巻くような凄みも感じられた。


「ええ、色々と。あなたには気をつかわせてしまいましたね。そんなに気にすることではないのですよ。」

「は、はあ……大変…だったんですね。」


あまり関わりあいになるべきではない…そう思ったが、もう何もかもが遅かった。


「いいえエンジュ…あなたこそ大変でしたね。わたくしはいいのです。何もしていないのですから。」

「え?」

「先程、中庭で大捕物をなさっていましたね。」

「見ていらしたんですか。」

「はい、しっかりと。全ての元凶である彼とあの忌々しげな銀色の鳥…メカチュピとやらの収束を見届けるために。」



そう言うリュミエールは今度こそはっきりとその美しい眉間に深い…マリアナ海溝よりも深い溝であり、その上意味深な深さだったが、とにかく深い皺を刻んだ。



「みっともないところをお見せしてしまってすみません。」

「いいえ、みっともないなどとは思っていませんよ。あなたの運動能力が非常に高い、ということですから。それよりわたくしのほうからもお礼を。あなたのおかげで真の平穏を得られました。」

「そうですか…それはお役に立てて何よりです。」

「ゼフェルが何やら朝から騒々しいと思っていたのですが、まさかわたくしの執務室にあの狂った鳥とともに飛び込んでくるとは…おかげで本日の執務はほぼお休みになってしまいました。
見ての通りわたくしは部屋が落ち着くまでこのように居場所がないのです。大切な書類も一部焦げてしまったので後処理に皆が駆け回っているのです。
今回の件でまたジュリアスが大層おかんむりのようですよ。ルヴァも監督不行き届きだと呼びだされたまま戻ってきません。ジュリアスの小言にさんざん付き合わされて気の毒なことです。
あれだけ部屋中引っかき回して、あげくに電球に鳥がぶつかって火花が散ったのですから無理もないことです。そういうわけでわたくしの服もその時飛び散った火花で焦げてしまった、ということです。
さいわい火事にならずに済んだので本当に良かった。本当に。」


リュミエールは息継ぎもなくそう一気に喋ると、深い…さっきのマリアナ海溝よりも深いため息をついた。
本当に、という部分がやけに強調されていた気がする。



「胸中お察しします……。」

「わかっていただけますか。あなたなら理解してくださると思っていました。あなたのように優秀で分別のある方がエトワールでわたくしも安心して任せられます。」


その言葉に何やら圧力を感じたエンジュであった。


「でも、今日の執務はできないんですよね?まだ午後いっぱいありますけど、どうなさるんですか?」

「そうですね…執務室はあのように混乱していますから、どこか空いている部屋にでもお邪魔しようと思っています。
そうです!庭園の奥の離れにちょうどいい部屋がありますね。
エンジュ、本日は忙しいのですか?よろしければですが、予定が終わったらあなたもいらしてください。」

「一応拝受も終わりましたし、もう予定はありません。リュミエール様がよろしければお邪魔します。」

「それはよかった。では行きましょうか。」


そう言うと、リュミエールはひざに乗せていた竪琴を片手で抱えて空いた手でやんわりとエンジュの肩を包むように押した。


すごく嬉しそう…


さっきまであんなに怒っていたのに。
リュミエール様は暴力と平穏をぶち壊されることが何より許せないみたい。
ご自分は争い事がお嫌いのようだけど、はっきりした物言いで意見が合わないと割合好戦的なところもあるし。




何というか…優しさは厳しさである。
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