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□distress 5
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光射す廊下を、今日もエンジュは歩いていた。
白い象牙のような、ミルクのような甘い色の大理石でできた、長い長い廊下だ。

ここは神鳥の宇宙で、今日もここで一日の大半を過ごすのだ。

聖獣の宇宙には守護聖がいない。
女王を助け、サクリアを支配する守護聖がいないことは当然女王の負担になる。
新大陸であったアルカディアは、引き継ぎで即位できるほど成熟した神鳥の宇宙とは程遠く、まだ粗削りで全体的な制度が整っていない。
女王のサクリアは不安定で、それだけでは宇宙を満たすことはできない。
宇宙は慢性的なサクリア不足に陥っており、いつ破綻してもおかしくない状態だった。

それ故にエトワールが選ばれた。
エトワールは神鳥・聖獣両宇宙の架け橋となってサクリアを運ぶ星の使者。
エンジュは当初まさか自分が選ばれたことをにわかに信じられぬ思いのまま聖地へやってきた。

それからは聖地に順応すること、サクリア関係のあれこれ、守護聖の人間関係あれこれ、新星系の誕生、サクリアの主導権を奪い取る戦い…本当に怒涛のひと月が過ぎた。

二か月を過ぎたころ、やっと神鳥の守護聖とも打ち解けはじめ、一部の守護聖様方には高い評価をいただくまでになった。

しかし肝心の守護聖不足が解消していない以上、手放しで喜べるはずもなく、エンジュは内心複雑な心持ちである。

そんな折、突然エイミーが船に飛び込んで来た。


「ちょっとエンジュ、いる?」

「どうしたの?」

「大変なことがわかったの!早く来てちょうだい」

エイミーに手首をつかまれ、そのままエンジュは王立研究院まで連れて行かれた。
道すがらエイミーは事の詳細を語って聞かせてくれた。

「それがね、どうやら見つかったらしいの。」

「なにが?」

「サクリアの反応が高まった人物よ。」

「ということは、」

「そう、未来の守護聖様となる方々。」

「ついにこの聖獣の宇宙にも守護聖様が誕生するのね。やっと…」

「それ自体は喜ばしいことなんだけれど、ただ…問題があるのよ。」

「問題?」

「まず、サクリアのバランスがあまりに良かったことで、9種のサクリア全てに反応があった。守護聖候補9人全ての検討がほぼ同時についたということ。」

「それはとても効率的に守護聖様が揃うじゃない。」

「あなたの拝受と流現が完璧なバランスで行われていた証よ。でも彼らにも覚悟の時間がいるわ。見つけたからといってすぐ引き受けてくれる訳じゃない。支度もあるし、愛する家族や友人とも永遠の別れになる。」

「そうね…忘れていた。私は陛下や守護聖様とは違うただのエトワール。サクリアが尽きるまで聖地にいることを義務付けられていることとは全く違う。」

女王や守護聖は役目が終わっても帰る場所がない。聖地は時間の流れが他とは異なり、故郷に戻ったところで家族や友人はとっくに亡くなっている。
私も帰ったら向こうでは数年が経っているはず。
私にとっての一年は、家族にとっての数年、数十年なのだ。
長く聖地にいればその分故郷は遠ざかる。
エンジュにも覚悟が必要だった。

(家に帰ったとしても、私のまわりの大切な人たちは皆先に進んでいるんだ。幼なじみも私より年上になっている。変な感じだけど、私はこの聖地に来た瞬間からそのことを覚悟しておかなくてはならなかった。帰ったら一生そのズレの中で生きていかなければいけない。もう引き返せない。時間は戻せないから。)

「守護聖様に選ばれた方々はきっと私たちよりずっと覚悟しなくてはならないのね。聖地は自分の意志で出入りできる場所ではないから。」

「そうね、理不尽な永遠の別れが待っているんだわ。」

「私…力になりたい。無力かもしれない。
でも、無理やり連れてこられたら一生納得できない。やり残したことだってきっとある。
でも、八つ当たりする対象さえないやり切れなさはどこへやったら良いの?
日常を奪われて苦しまない人なんかいない。無理強いとか、私はそういうのは何か違うと思う。
私、彼らを説得する使者になる。」

それは口にすることではっきりした。
エンジュはもともと人に何かを無理強いしたり、強制することに抵抗がある。
守護聖になったら絶対に逃げ出すことは許されない。
それならばほんのひとときを…残された僅かな自分だけの時間を大切にして欲しい。
時の流れしか解決できない問題も世の中にはあるのだ。


「だったら、もう道は開けているわ。9人全員の説得は苦労が絶えないだろうけれど。サクリアのバランスが良すぎるのが裏目に出たかもしれないわね。」

そう言ってエイミーは苦笑した。
しかし、彼女からは冷やかしなど一切ない純粋なエールが感じられる。背中を優しく押してくれたのだ。
大袈裟に応援しないスタイルや、わざとらしくない細やかな気遣いがエイミーらしくて素敵だった。










To be contenued…

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