恥知らずな妄想。

□バファリンあげる。
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最近、仁王君の様子が変だ。
何時も機嫌が悪そうに俯いているし、話をしていても、生返事ばかり。

決定打なのはキスを、仕掛けてこないこと。

教室でも部活でも毎日顔を合わせているし、帰路も共にする。
なのに、私に触れてこないのだ。
スキンシップ程度のボディタッチはある。しかし、性的な意味を含む触れ方は一切しないのだ。




もしかして、私に厭きてしまったのだろうか。




そう考えたら、途端に私のその考えが正しいと思い始めてしまった。
だって、私は男で、彼の望むような躯を持っていない。
彼を心から満足させてあげることも、喜ばせてあげることもできないのだ。








「仁王、君」



何時もなら寄り添うようにして辿る帰路も、今は幾分か距離を置いて歩く。
仁王君はポケットに右手を突っ込み、私を見もせず短く返事をした。


「あの、私に何か隠しごと、していませんか?」


仁王君は立ち止まり、きまり悪そうに私を見た。
銀の髪を掻き毟り、何か言いたげに口を開いては閉じる。



ああ、やっぱりだ。


私はきつく拳を握り締め、仁王君を見た。


「良いですよ」


仁王君は意外そうな顔をした。
泣きそうになるのを、ぐっと堪える。
最後くらい、良い所を見せたい。私だって、男なのだから。


「仁王君の、好きなようにして下さい」



仁王君は複雑な笑みを浮かべ、小さく私の名を呼んだ。
今度は私が俯く番だった。
堪えていたのに、涙が頬を伝い、私は眼鏡を外す。

これで、良いんだ。
仁王君を束縛なんかしたくない。
彼は、誰よりも自由が似合うのだから。
私は嗚咽を噛殺し、瞳を閉じた。

不意に、仁王君が動く気配を感じた。
どんどん私と仁王君の距離がなくなっていく。

どうして?どうして今更私に近づくのですか?



「比呂、」


特別な時にしか呼ばれない名前が鼓膜に届いたと同時に、私は呼吸ができなくなる。
否、できなくされたのだ。

強引に舌を挿し入れられ、絡ませる。唾液が混ざり合い、卑猥な音が脳髄を溶かしていく。
背筋に走るソレが怖くて、私は私の口内を蹂躙する彼の舌に噛み付いた。


「ど、どうして?」
「好きにしていい言うたんは、柳生じゃろ」

仁王君は唇を拭いながら不満そうに呟いた。

「だからどうして、別れ話をしている時にキスなどするのですか!?」
「は?何言うとるんじゃ。柳生は俺と別れたいんか?」


仁王君は恨めしげに私を見つめ、軽く舌うちをする。


「そんなこと…!私は、仁王君がそうしたいのだと思ったからっ!」
「何訳分からんこと言うとるんじゃ。俺が柳生と別れたいなんち、思うわけがないじゃろう?」
「それなら、最近何故、キ、キスを、してくれなかったんですか?」
 

恥ずかしい。何故私がこんなことを言わなければならないのだろう。
これでは、まるで私が彼からのキスを待ち望んでいるみたいではないか。(実際、そうなのだけれども


きっと仁王君は意地悪な笑みを浮かべ、こんな私を揶揄するだろう。

私は恥ずかしさに顔を熱くさせる。
でも、仁王君は、私を揶揄する言葉など、吐きはしなかった。
その代わり、彼の顔は苦痛に歪んでいた。

「仁王君?」

私は首を傾げ仁王君の顔を覗き込んだ。
仁王君は口に手をあて、瞳の端に涙を溜めながら私を見る。

「すまん、柳生」

情けない声音で仁王君は呟く。


「鎮痛剤、持っとらんか?」


「はい?」
「歯が、痛いんじゃ」
「は?」




歯?










話の顛末はこうだ。


仁王君は数日前から虫歯を患っていて、キスで虫歯が感染するといけないからと、私にキスをしてこなかったそうだ。
恥ずかしげにそう告白する仁王君に私は声を上げて笑った。
忌々しげに私を睨む彼。そんな表情さえ、愛しくて堪らない。

私は、彼に鎮痛剤を差し出す。



私の唾液を、水代わりにして。























くちうつしで薬を飲ませたかっただけの話です。

初出 20070228 web拍手にて。 
   20070430 妄想に移動。

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