恥知らずな妄想。

□キレイ、キレイ。
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柳生と付き合いだして三週間が経った。
それまでの道程は涙なしでは語れないが、付き合い始めたら、こっちのものだ。
と、思っていた。


「あ、ふぅ。仁王く・・・ん」
柳生の吐息混じりの声と唾液が絡まりあう音が鼓膜を震わす。舌を絡ませ優しく吸い上げれば、柳生は眉を顰め苦しそうに溜息を漏らした。
それでも必死になって俺の舌を追いかけてくるのがいじらしい。
この非常階段には滅多に人が来ないのをいいことに、腰を抱き極限に身体を密着させる。柳生も俺の背中に腕を廻しそれに応えてくれる。
生きていてよかった。柳生を好きになってよかった。こんなに幸せでいいのだろうか?
しかし、幸せというものは、何処かに落とし穴があったりする。

「では、私はこれで」
キスの後、柳生は必ず何処かへ消えてしまうのだ。余韻も何もあったものではない。
一度着いていこうとしたら途中で撒かれてしまった。なので、今では諦めてしまっている。
「ああ、じゃあな」
俺は柳生の後姿を見送りながら唇を舐めた。
柳生の味がした。




「あれ、なん?柳生また歯ァ、磨いとるん?」
昼休み。飯の後は必ず柳生は歯を磨く。習慣なのだろう。歯ブラシセットを机の中に忍ばせているのを俺は最近になって知った。
「ええ、何か口に入れた後は歯を磨かないと落ち着かなくて」
俺は適当に相槌をうち、柳生の隣を陣取った。
口を半開きにし、ブラシで歯を磨く姿はどこかエロティックだ。
柳生が手に水を集め口を漱ぐ。ズボンのポケットからハンカチを出し唇を拭った。
「ああ、すっきりしました。仁王君、そろそろ昼休み終わっちゃいますよ。教室へ戻りましょう」
柳生はにこやかに微笑みながら教室へと向かう。俺もその背中を追いかけながら、ふと嫌なことを考えてしまった。
でも、多分、それは俺の考えすぎなどではなく。きっと、否、絶対!


それを確認する為(だけではないが)、俺は誰もいなくなった部室で不意打ちに柳生の唇を奪ってみた。
柳生は抗議の意味合いで俺の肩を軽く叩いたが、すぐに大人しくなる。
抉るように唇を貪った。舌を散々入れて唾液でベトベトにしてやる。
背筋を駆け巡る快感。
柳生が好きだ。好きだ。好きなんだ。
でも、


部室のドアが閉まる。
柳生は、やはり何処かへと行ってしまった。何時のもように、涼しい顔をして。
俺は柳生の後を追った。






迷いのない足取りで柳生は足を進める。どうやら教室へと向かっているようだ。俺は一旦渡り廊下の影に身を潜る。
なにやら、机の中から何かを取り出しているようだ。廊下へと出るのを確認すると、俺もその後に続いた。
そして、手洗い場で柳生は立ち止まる。
嗚呼、やっぱりじゃ!


「柳生!」
「はひ?」
そこには、何時ものように歯を磨いている柳生がいた。
「お前何しとるん?なして今頃歯ァ磨く必要があるんじゃ!?」
「え、だって気持ち悪いですし」
気持ち・・・悪い?何が?
「俺とのキスが気持ち悪いんか?柳生は、俺のことホントに愛しちょうの?」
「愛していますよ」
きっぱりあっさり柳生は俺を愛していると言う。予想外のことに俺は一瞬呆けてしまう。
でも、嬉しい。柳生が俺のことを愛していると言ってくれるなんて。
「愛しています、仁王君。しかし、それとこれとは話が別です」
ごめんなさいね。にっこりと柳生は微笑み、歯磨きを続行させる。
そして俺は一瞬にして奈落の底へと落ちていった。身体を丸め頭を抱える。

嗚呼、こいつ、只の紳士じゃなくて潔癖紳士やったんか・・・。

こんなんじゃ、sexまで関係が進展するのは何時なんか?つーか、やっぱりフェラはしてもらえんのじゃろうか・・・男同士のsexはオーラルが基本なんに・・・。
絶望と不安が全身を支配する。このままじゃ、きっと欲求不満で死んでしまうかもしれん。

俺の苦悩を他所に、柳生はさっぱりとした顔で俺に笑いかけてきた。
「仁王君、何しているんですか?帰りましょう」
「・・・そうじゃな」
でも俺はまだ立ち上がれない。気力ごと、奪われてしまったのだ。
動かない俺を不思議に思ったのか、俺を覗き込むかのように柳生も膝を折る。
「何、拗ねているんですか。子供みたいですよ」
「別に拗ねとらん」
柳生は溜息をついたかと思うと、いきなり俺の顔を上に向かせる。
ふわり、と俺の額に柳生の唇が降ってきた。ご丁寧に猫のように舌で舐め、柳生は笑った。
「馬鹿ですね。仁王君は。仁王君とのキスが気持ち悪いわけないじゃないですか」

俺はそのまま柳生を押し倒した。もう、理性なんて意味がない。欲望が溢れ出し、止まることを知らない。
深い深い口付けをする。唇を舐め、歯列をなぞり、唾液を交換し。
柳生は目をきつく閉じすっかり俺に身を任せている。
安堵の溜息が出る。大丈夫。柳生の傍に居られるだけで、俺は満たされる。
唇を離すと、切ない瞳で柳生が俺を見上げた。これは、もしかするともしかする?
でも、何も準備していない。場所も場所だし。でも、我慢できるわけがない。
俺は柳生のネクタイに手をかける。
「あの、仁王君」
柳生が口を開く。俺は答えるかわりに再び唇を奪った。
「あン・・・。駄目、仁王君。や、あの、お願いが、あるんです」
「なん?今なら何でも聞いちゃるよ」
柳生が唾を飲み込み、真剣な顔で俺を見る。


「歯、磨いても良いですか?」
「ハ?」


そう言うかと思うと柳生は俺の下からするりと脱け出し、手洗い場の前へと再び立った。
ブラシにチューブの歯磨き粉をつけ、それを口に運ぶ。
俺は昇華できなかった欲望を必死で抑える。初めてが無理やりじゃ、きっとそれ以降の関係はないということは明らかだったから。

(一生プラトニックな関係だったら、どげんしよう・・・。)

熱心に歯を磨くその姿を見ながら、俺はどうやって柳生を騙しsexまでもっていけばいいのかを真剣に考えるのだった。




end。



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