霜の朝
サクッ、と小気味のいい音がする。
サクサクっ、と続けて二つ。
サクサクサクっ、と続けたところで、立ち止まって振り返る。
「すごいね、霜柱だ!」
コート脇の土を、まるで子供のように飛び跳ねていた河村がそう言って笑った。
「ほら、ははっ、いい音!」
「本当だ」
不二も足を伸ばし、少しだけ盛り上がった土をそっと踏んでみる。
サク、サクサクっ、サクっ。不二がひとつ踏むあいだに、河村は三つ、四つとあしあとをつけている。
「すごいねぇ!俺、こんなに霜柱が立ってるの、初めて見た!」
笑いながら駆け回る大きな体がまるではしゃぎまわる仔犬のようで、不二はたまらず吹き出した。
「ふふっ、ああ、そうだね、タカさん!」
「な、なんだよう不二ぃ」
笑われたのが悔しいのか、河村は唇を突き出してすねたような顔をする。
「不二は、霜柱……珍しくないのかい?」
「そんなことないよ」
霜柱より、はしゃぐ河村の方が面白い、なんて言ったらまた拗ねるだろうか。
そんなことを思いながら、サクサクと地面を踏みしめ駆け寄る。
「今日は本当に寒かったからね」
そう言って、河村の手を取る。だが、予想に反して大きな手のひらは暖かく、水仕事で荒れた指先は優しい。むしろ不二の手の方が指先が赤くなるほど冷たくて、河村が心配そうに握り返したほどだ。
「不二の手、氷みたいだ」
ごつごつとした手のひらが、不二の両手をギュッと包む。
「タカさん……」
指先から熱が伝わり、そこ冷え切った全身がぽかぽかと温まるようだ。
「ありがと。あったかいよ」
「ううん。指先がこんなに冷えてちゃラケット握れないよね。今日は朝練やめにしよっか」
「でも」
首を振った不二の手を、河村がぎゅっと握った。
「怪我をしたら元も子もないって、手塚も言ってたろ。
春のランキングまで焦っても仕方ないし……」
言いかけた河村の目が、不二を通り越して遠くを見ている。
つられて不二も目をやる。白く盛り上がっている、グラウンド周辺の土。
「……タカさん?」
「う、うん?」
「いいこと言ってるふりして、ホントは……ふふっ」
言いかけた途中で笑ってしまった。
不二の視線に気づいた河村は目を泳がせながらもグラウンド周辺にびっしり出来た霜柱に釘付けで、まるで『待て』と言われている仔犬のよう。近所の庭につながれている、秋田犬の子犬みたいだ。
「じゃあ、今日の朝練は」
河村の手を振り払う。
「グランド20周!
ほら、早くしないとボクが先に霜柱つぶしちゃうよ!」
「あっ不二!」
駆け出した不二にワンテンポ遅れて河村もコートをかけて出る。
「ずるいよ不二!わっ!まって!俺に踏ませて!」
サクサクサクサクサクっ。
足元から小気味のいい音がする。
サクサクっサクサクサクサクっサクっ。
すぐ後ろからおってくる音も、リズミカルで気持ちがいい。
「あははっ、すごい音!」
びゅうびゅうと吹き付ける北風のせいで耳はちぎれそうなほど痛いし、キンと冷えた空気にさらされて頬はぴりぴり痛む。静電気のせいで髪の毛はきっと飛び跳ねてる。
「待ってよ不二ぃーっ!ずるいぞーっ!」
追いかける河村も楽しそうだ。
「ボクに勝つのはまだ早いよ、タカさん!」
ひょいひょいと霜柱の多い場所を選びながらグランドを駆けていく。
このペースで20周もつだろうか。10周、ううん、5周で終わりにしちゃダメかな。
どんどん迫ってくる河村の気配を感じながら、不二は小さく笑ったのだった。