SS〜DDS〜

□悲恋
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ぼくは、こいを、している。



悲恋


ぼくには、すきなひとがいる。
でもそれは、きっとむくわれることはないんだろう。
わかっている。


「おはよう、今日も寒いね。」
これがぼくのすきなひと。
いつもぼくをみるとわらってこえをかけてくれる。
「うん…おはよう。」
ぼくははずかしくなって、いつもそれだけしかいえなかった。
「さて、仕事に遅れてしまう。もう行くね。」
ぼくのへんとうをきくまもなく、かれは、はしっていってしまった。
「……。」
そしてぼくはおおきなけついをむねにいだいていた。


(もうすぐだ…)
ゆうやみにあかくてらされたみちを、ぼくはあるいていた。
そして。
かれがでてきた。
しごとがおわったんだろう。
すこしあさよりはやいそくどでゆうやけのなかをすすんでいく。
(あれ、いえのほうこうとちがう…?)
ぼくはみうしなわないようにあとをおった。
これがいけないことなんだということは、しょうちしていた。
だけど。
さむいかぜが、かれとぼくとのあいだをつめたくふく。

かれが、わらっている。
ひとごみをかきわけてあらわれたのはかれとはふつりあいな…
「よお、お疲れさん。」
かれは、わらっている。
「うん、待たせたかい?」
ぼくにいつもみせてくれるえみを。
そんなやつにみせないで。

ぼくのきもちなんか、おかまいなしに。
ふたりはあるきだした。


いつも、おもっていた。
かれのすきなものとか。
どんなふうにおこったり、ないたりするのかとか。

…どんなふうにあまいかおをみせるのかとか。

たいようもとっくにしずみ、まっくらなやみがしはいする。
こうえんにひとつだけあるでんきゅうのあかるい、した。

かれとしらないおとこは、きす、していた。

そしてはじめてしったかれのあまいかお、
なみだでうるんだかお、おこったかお。

ぼくは。
しつれんしたんだ。

「嵯峨…」
やさしく、あまくしらないおとこのなをよぶ、かれ。
ぼくにみじんもはいる、すきはない。

かれはきっと、とてつもなくしあわせなんだろう。
ぼくはそうおもった。

ぼくはつめたいあすふぁるとに、ねころがった。

からだをさすようにつきぬけるつめたささえ、ここちいい、しげき。

もしぼくに。
かみさまが、ほんのすこしのちゃんすをくれていれさえすれば。


そんな、さみしいおもいがちいさなむねによぎる。

ふこうへいだよね…かみさまって。

ぼくはみたこともない、かみさまをのろってないた。


「あれ?今日はいないのか…」
かれのさみしそうなかおをみて、すこしうれしいきもちになった。
ぼくはかれのかおをものかげからみていた。
ほんとは、あってあいさつをかわしたかったのだけど。

「せっかく、今日はご飯をもってきたのに…」
ごめんね。

かれのてでびにーるぶくろがゆれている。

「しょうがない、おいておこう…」
うでにあるとけいをみて、かれはためいきをついた。


かりかりかり…

かれのおいてくれた、なによりのごちそう。
ぼくはすこしゆっくりたべた。

かりかりかり…

それはとてもおいしくて。
なぜだかかなしくなった。


ぼくは、なごりおしそうにさらを、なめた。

もうかれにはあわない。
かれはさみしがってくれるだろうか。


さむいふゆのかぜがぼくにふく。

かたごしに、ちらりとかれがいってしまったほうこうをみる。

もし。
つぎにうまれるなら。




ぼくもひとにうまれたい。



ミャー、と黒猫が誰もいない道を歩く。
小さな黒猫は、少し寂しそうで。

それでも歩くスピードはどこか軽やかで。

猫は、道の向こうに消えていった。

小さな声だけを残して。


「さようなら、
ぼくのかなわなかったこい」

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