SS〜攻殻〜

□花(GIG〜SSS)
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「よお、久しぶりだなアンタ。」
吊り上ったような目つきの悪い男が、声をかけてきた。
―全身義体か。
いつでも取り出せるように、
胸元に入ったマテバを感覚だけで辿る。
「…また、俺の事撃つつもりか?勘弁してくれよ。」
男は右手にもった花束を掲げて笑みを浮かべた。
「………」
何も答えないでいると、
「ちょっと付き合ってよ。」
軽快そうに呟くと男は背を向けて歩き出した。



          □     □     □



「あれ、アンタが置いたの?」
真新しい花が、暗くなった路地に横たわっている。
時折通る電車の振動で頼りなく揺れる。
男は傍に屈み込むと、そっと手に持った花束をその隣に置いた。
しばらく何処か悩むような仕草で、手を合わせている。
「…ああ。」
そう短く答えると、男が立ち上がった。
「そっか。」
電車が通り、暗い路地を照らす。
背を向けた男の表情は見えない。
泣いているのだろうかと思った。
電車が通り抜け路地にまた闇を落とす。
「…彼女の眼がさ、たまに夢に出てくるんだ。」
呟いた言葉は、闇にそのまま飲まれてしまうのではないかというくらい小さかった。
俺は何も答えずただじっと壁に寄りかかり、
その背を見ている。
「アンタの眼はさ、彼女に似てるよ。」
男はそこで初めてこちらを振り返った。
男は薄く、ほんの少しだけ寂しそうに笑っていた。
「なあ。」
浮かべていた笑みをそのままに、
男がそっとこちらに足を向けた。
「…キスしていい?」
答えないでいると、
辺りの空気を震わせて、男が笑う。
「…なんで。」
ぽつりと漏らした言葉は想いの外、乾いたような冷たい声だと
自分で思った。
男の手がそっと肩に触れる。
それは恐ろしく、優しい感触だった。
「…さぁ、やっぱり似ているからじゃないかな。」

義体の、生身の体温よりも低い唇がそっと触れる。

眼は閉じなかった。
そして男もまた眼を閉じていない。

至近距離で見詰め合っていると
視界の隅で電車がまた路地を照らす。

懐かしむように、一度頬を撫で男は満足したように
また笑みを浮かべ、離れた。

「会えて、よかったよ。」
―誰にとは聞かなかった。
そう呟いた男はまた背を向け、
先ほどと同じように膝をつき、花の傍に屈み込んだ。
その姿は何かを請うようにも見えた。
「もう、行くよ。」
男は何も言わなかった。
踵をかえし、路地に背を向け歩き出す。
電車の音に掻き消えなかったのが不思議なくらいな声で
ありがとう、と聞こえた気がした。
一度だけ振り返ると
男はまだ跪いていて、その背しか見えない。
やはり、泣いているように見えた。



          □     □     □



路地を抜け、街の明かりが見えた頃。
乾いたような音が聞こえた。
静寂を切り裂くような音は酷く哀しい。

寂しさなのか、哀しみなのか。
そういったものに近い何かが身体を震わせる。
頬に何かを感じ、触れると涙が流れていた。

ああ、きっとこれは。

もう涙を流せなくなった女の、

もう涙を流せないあの男の、

全身を覆う無力感を感じながら
もう足を止める事はせず、
ただ黙って歩き続けた。

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