SS〜攻殻〜

□熱(SSS)
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冷たい風が、
襟足の短くなった襟足を撫ぜ首を竦める。
義体化の手術が決まった
その日に切ってしまった。
最初の内は酷く頼りない気もしたが、あれからすでに1年近く経っていた。

「お疲れさん。…おい、トグサ。お前さん顔が赤いんじゃないか?」
ダイブルームの戸を開けた途端にひげ面の男、イシカワが覗き込みながら行った。
片手には可愛らしいキャラクターの描かれたマグカップ。
そこにはマジックで大きくイシカワと書かれていた。
最近はエコだ、なんだ騒がれて一種のファッションのように流行っている。

トグサ自身、妻からもマグカップを渡されたが、
未だにロッカーの中で眠っている。
そこまで考えて額に触れるイシカワの手に気づいて苦笑を漏らす。
相変わらず若造扱いで恥かしくなったのだ。
「大丈夫。少し風邪っぽいだけだ、問題ないよ。」
うーんと唸りながら、自らの額と一向に離れない手が気恥ずかしく、
身を引きながら少し奥にある椅子に腰掛ける。
「お前がそう言うなら心配はせんが…隊長だけに体調管理はしっかりしろよ?」
閉まりかけたドアの向こうから、にやりと親父臭い笑みを浮かべているのを
また苦笑で見送った。
最近のイシカワは本当に親父臭くなった。
いや…

(……イシカワなりに気を使ってくれているんだ…)

そんなに自分は無理をしているように映っているんだろうか。

今日の報告書に必要なデータをイシカワの入れてくれたコーヒーを飲みつつまとめる。
これさえ終えれば明日は久しぶりのオフだ。

(…と、資料を持って出るか…)

まっすぐ家族の待つ家に帰ろうかとも思ったが、
先日の事件の内容は大したことないが、量だけはある書類の存在を思い出し、
それを手早く落とす。
アズマあたりに押し付けてもいいのだが…予定表を確認すると
残念ながら外回りからまだ戻っていない。
今日もセーフハウスに帰る事になりそうだ。

「よし…と。イシカワごちそう様。今日はこれで上がるよ、明日は休みだから…」
あいよ、っと後ろ手に手を上げる姿を見つつ部屋を出た。

書類を提出し、ロッカールームへ向かう。
ドアが開くと、奥のシャワーブースから音が聞こえた。

(…アズマだったら書類押し付けて家に帰るとするか。)

ロッカーからカバンとコートを出していると、
水音が止まり、しばらくして誰かがこちらへ来る気配を感じた。
アズマである事をこっそり祈りつつ
お疲れ、と声をかけようと振り返る。
「……お…お疲れ。」
自分で言葉を当初の予定通りかけれた事に褒めてやりたい気分だった。
「…ああ。」
そこには随分と久しぶりに顔を合わせる相棒がいた。

(…元、相棒かな…?)

真っ白の毛先から水滴がぽたぽたと首を伝って流れ落ちていくのが見えた。
慌てて目線を逸らし、自分のロッカーを見る。
マグカップに書いてあるキャラクターが楽しそうに手を振っているのが滑稽だった。
息をこっそり吸い込んで自分を落ち着かせる。
何故こんなに緊張しているのかは、自分でもわからない。
そういえば、会話するのなんてどれくらいぶりだろう。
「…今、帰り?」
自分でもぎこちない笑みが浮かんでいると気づきながら、
それを相手に悟られないように振り向かずに言葉を続けた。
「…ああ。」
小さい返答の後はわしわしと髪を拭く音、
それから小さく聞こえる空調の音だけが妙に大きく聞こえた。
昔はこうじゃなかった。
おかしくなったのは…少佐がいなくなってからだ。
それに…

(…触れなくなったのもその頃からだ…。)

少佐がいた頃は戯れに身体を重ねる事があった。
それは月に一度の事もあれば、2日と空けずにと言う事もあった。
妻と子供がいる身だというのは自分もバトーも納得済みだった、と思う。
そしてバトーも少佐が好き、だった…のだと思う。
野生の動物が傷を舐めて直すような、そんな付き合いだった。
ロッカールームに充満する湿気が気持ち悪く感じた。
バトーを肩越しにそっと見ると、
思いの他、近くにいて驚いた。
身長差の所為で少し見上げる形でバトーの義眼を見る。
そこには何の表情も浮かんでいなかった。

(…それとも、離れた所為で表情がわからなくなった、かな。)

バトーの手が額に触れる。
びくりと、自分でも大げさな位身体が震えた。
顔にかあっと血が上るのを感じる。
額に当てたままの指が軽く額を引っかく。
「…っ!」
その拍子に手に持ったままだったカバンが大きな音を発てて落ちた。
指がゆっくり、額から頬へ。
緩慢な動作が酷く、怖かった。
頬に当てられた手が一瞬、震えたのは気のせいだったのだろうか。
そっとその手は首筋の方へ。
「―――バトーッ!!」
指がQRSプラグに届きそうになった時、
まるで悲鳴のような声が出た。
手が一瞬、止まった後離れて行った事に内心、安堵した。
なかなか離れていかないバトーの気配に伏目がちに床のフロアを睨み付ける。
昔は良く聴いていた低い声が耳元で聞こえる。
「…熱があるんじゃないか。」
ガンガンと頭痛がする。
伏目がちだった視線を精一杯上げてバトーの眼を見る。
相変わらず何の表情も浮かんでいない。
身体はこわばったまま動けなかった。

(…まるで蛇に…睨まれた…無様なカエルだ。)

しばらくそうしていたらふいにバトーの気配が離れる。
なんともなしに逸らされる視線。
またフロアーの床を睨みつける。

ロッカーから荷物を出す音。
それを聞きながらただただ時間が過ぎるのを待った。
ふと頭に暖かい手が触れて髪をかき混ぜていく。
「…たまにはきちんと休め。」
思いの他優しい声色に、驚いて顔を上げると
ロッカールームのドアが音を発てて閉まった。

ずるずるとロッカーに縋る様に、座り込む。
「…もう、イシカワに…言われたよ…」
引きつったように喉から出た軽口のような言葉は、
届くことなく、消えていった。

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