SS〜攻殻〜

□身代わり障壁(SSS)
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「隊長…」

名を呼ぶと、面倒臭そうに一瞥を返され
口付けられる。
触れるだけのやる気のないキスに悔しくなって
引っ込んだままだった下を引きずり出して吸い付く。
うっすらと閉じられていく眼は
自分とも、天井とも、違う遠い所を見つめている。

あんたはここにいる。
俺はここにいる。

俺の後ろには一体誰が見えているんだろう。

「好き…たいちょー…」

その閉じた瞼には一体誰が見えているんだろう。




きっかけはなんだったかは覚えていない。
当たり前の様に、
一緒に仕事をこなすようになって
傍で見るようになって
その眼に当たり前のように惹かれて。

最初は寂しそうな笑みを浮かべて
やんわりと断られた。
『ほら…冗談ばかり言ってないで仕事に集中しろ。』
それがアンタの口癖だった。
それでも隙をついて頬に触れたり、
戯れに掠めるようなキスをすると
悲しい顔をして。
今にも壊れてしまいそうな、
あの表情が今も忘れられない。

大先輩―バトーと関係があった、というのは薄々気づいていた。

俺が隊長を見る眼と、
隊長が大先輩を見る眼が同じだったからだ。

いつの事だったか、
いつもの様に、『冗談』を交わしていると
いつもは閉じられたままだった唇が、
うっすらと開かれた。
アレは確か隊長就任1年のささやかなパーティが開かれた日だった。
正直おっかなびっくりで舌を絡めると
それがわかったのか、隊長は笑った。
ゾッとするような、綺麗な笑みで酷く恐怖を
そして抑えきれない熱が頭をもたげた。
執務室の誰がいつ入ってくるとも限らない場所で、
お互いがお互いを貪りあった。
いや、それとも一歩的に食われていたのか。

それからも頻繁ではないにしろ、
隊長のセーフハウスだったり、
ロッカールームだったり人目もわきまえず抱き合った。
その頃にはもう、あの壊れそうな笑みはなく。
ただ冷たい、吸い込まれるような綺麗な笑みを浮かべるようになっていた。

単独任務の多かった大先輩とは月に1度も顔を合わせる事はなくなっていた。
9課を取り仕切る隊長職ならば尚更少なかったかもしれない。

避けていたのか。
それとも避けられていたのかは俺にはわからない。

身体を重ねれば重ねるほど、
冷たい綺麗な笑みで、どこか遠くを見つめるようになったのもこの頃だ。

そして自虐的な抱かれ方を歓んだ。

あの、初めて身体を交わしたパーティの日。
あの頃から壊れていたんだろうとなんとなく思った。

いつか、
そんな言葉の先に粉々に砕けて消えてしまう。
そんな錯覚すら覚えるようになった。

それは儚い、危いバランスで






「―アズマ。やる気がないなら帰れ。」


目の前にチョコレートブラウンの眼があった。
しっとりと濡れたような、眼に僅かに怒りが浮かんでいる。
ぼんやりとしていた意識をクリアにさせて、
首を下げてキスをする。
それでは収まらなかったのか、肩を押されて
殆どベットから落とされるようにして追い出される。
そしてそのまま、立ち上がり風呂場の方に向かっていった。
苦笑を浮かべて頭をかく。
怒らせると後が怖いのだ。

俺も起き上がり、もうすぐドアの向こうに消えてしまう
後姿を追いかける。

ただ今は、久しぶりに名前を呼んでもらった事が嬉しかった。




俺はきっと身代わりなのだろう。

役目を終えれば、当たり前のように捨てられる。

それでも、壊れてしまった貴方を守れるならば。
それでも、貴方の傍にいて貴方を守れるならば。



まるで身代わり障壁のように。



終わりにはバチバチと音を発てて
真っ黒な黒煙を上げて何もかも燃えつきてしまうのも悪くはないと思うんだ。

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