月の民の唄

□月の扉を渡る
1ページ/7ページ

今ならきっと言える。

人生最大のピンチとは、今この瞬間だと。

「何がどうなって、こんなことに……」

深緑の葉が太陽の光を眩しく弾き、風が木々に歌を奏でさせている。
森の中はとても平和で静かだ。

いいのだ。そこまでは。
例えば、自分が制服で地面に座っているだとか、ここはどこだとか、そういった問題はこの際たいしたことはない。

問題なのは向けられる痛い程の視線と、鈍く光る物体。

髪や瞳の色以外はいたって普通の高校生であると信じている自分には、この状況を受け入れられるほどの器は備わっていない。現に紗夜の足も腰も、すっかり立ち上がる事を放棄してしまっている。

紗夜としては、この状況の全てが理解できないことである。
少し前までは友人と共に、学校からの帰り道にいたのだ。
ちょっと寄り道をして、光に包まれて、目が覚めたらこの森にいた。

途方に暮れていた所で人に出会えたのは良いのだが、この状況だ。
銃を向けられたら手を挙げればいいという本人理論から両手を上げてはいるが、果たして効果のあることなのだろうか。

「……あぁ、そっか。これは夢なんだ。そうだよね。こんな物騒な物を持ち歩いている人は、たんぶんいないもんね」

人生最初の生命の危機は、脳に考えることをやめさせ現実逃避に走らせるには十分だった。いっそ命乞いをすればよいのかもしれないが、そこまで考えが至っていないのも事実なのである。

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ