月の民の唄
□風吹く街の優しい少年
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周囲の空気が重く圧し掛かってくる。
それはピリピリとしたこの雰囲気が作り出しているものだと、考えずとも分かる。
物々しい装備を身に付けた兵士達。その姿が忙しなく行き来する度に、心のどこかが悲鳴を上げている。
次第に居たたまれなくなってきて、抱えた膝に額を付けた。
そうしたからといって、逃れることなど出来ないとわかっていても…。
「皇子、いかがなされました?」
すぐ上から掛けられた声に、のろのろと顔を上げる。
声の聞こえたを見れば、夜色のマントに身を包んだ青年が立っていた。
馴染み物が少ない中で、唯一昔から見知っている顔だ。
「ディアボラ……」
「お加減が優れないのでございましたら、お休みになられてくださって結構でございますよ」
後は自分がやりますので、と気遣いの言葉を掛けてきた臣下の髪はマントと同じ夜の色。
その下にある紫暗の瞳に、特別に感情が映ったことなど見たことがない。しかし、心根は必ずしもそうではないことを自分は知っている。
「大丈夫。余計な心配をかけてごめんね」
ディアボラはかなりの長身だ。座ったままだと、限界まで首を傾けなければ視線が合わない。
そのことに気がついたのか、膝を折って視線を下げる。
「それならば問題ありません」
「準備の状況はどう?」
「全て滞りなく。予定通り、明日の黄昏時を待って作戦を開始いたします」
淡々と告げられる言葉に、再び心が軋む。
やめてと一言言えば、すべてが収まるのに。
「そうか……。お前に全て任せて置けば安心だな」
ひどく口が乾いていて、そう呟くのが精一杯だった。