月の民の唄
□水流れて月落ちる
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時計台の中に規則正しいリズムが響く。
光量が少なく薄暗い内部をかけ降りるのは、中々大変で、若干勇気がいるが、今はそんなことを言ってる暇はなかった。
時折、絡まりそうになる足を叱咤しながら、紗夜は全力で地上を目指す。
手すりがあったら良かったのに、などとボヤキながら。
途中、何度か止まりかけるが、その度に言い知れない何かを振り切ろうと足を進める。
胸に湧き起こった感情は、一段降りる毎に大きくなり、思考すら支配していく。
――不安。
時計台の上から見た光景が脳裏から離れない。
死ぬのだ、あの場所で。
数えきれない程の人が。
胸に溜まった重いものを吐き出すように、紗夜は大きく息を吐いた。
「私がここで沈んでても意味ないよね」
両手で頬を叩いて気合いを入れると、降りるスピードを速める。
「とりあえず、みんなと合流しないと……って、うわっ!」
疲れてきた足が、見事に階段を踏み外す。
突然崩れたバランスを立て直すことができず、そのまま階段を転げ落ちる。
「痛っ! なんかもう、ホントにドジ……」
残り数段という所まで降りてきていたので、怪我をすることはかった。
幸いにも。
ただ少し、盛大に尻餅をついただけで。
「うぅ…、紫乃がここにいたら絶対に笑われた」
なにやってんの等と言いながら、笑い出す紫乃の姿が容易に想像できてしまう。
たぶんきっと、七緒にも笑われるだろう。
誰も回りに居なかったことを心の底から安堵して、紗夜は服の埃を払う。
これからは階段を絶対にかけ降りたりしないと、人知れず心に誓いながら、出口へと足を向けた。