short

いつかのみのりを待つのでしょう
1ページ/1ページ




珍しく東京にも雪が積もった。
十五センチほどの積雪は、JRや公共交通機関をストップさせるには十分な量。
滅多に降らない雪に、多くの人の足元はおぼつかない。
一歩前へ踏み出せば、足首までずっぽり埋まる。おかげでメッシュは水が染み込み、すでにびしょびしょだ。
学校まであと数メートルという距離で、ズボンのポケットに入れていた携帯が振動した。
耳あての代わりにつけていたヘッドホンを外し、携帯の通話ボタンを押す。



「もしもし、斎藤くん?一体どうしたの?」

「その様子じゃ、アンタはまだ学校に着いて無いようだな。」

「と言ってももう目の前だけどね。」



そう言うと、電話の向こうで盛大な溜息が漏れた。
一息置いた斎藤くんは、今日が積雪で休校になったことを伝えてくれた。
あぁ…そういう意味ね…。だから朝練で早く学校に行くことはない、と。
残念だけど、僕はもう学校の敷地を跨いでいるよ。
嫌味たっぷりに言ってやると、もっと早くに連絡を入れるべきだった。申し訳ない。と真面目な答え。
別に僕はそんなことを言ってほしかったわけじゃない。
このやり場のなくなったどうしようもない気持ちを、ぶつけてしまっただけ。つまりは八つ当たりなんだけど。
抑えきれなくなった溜息は真っ白になって空気に分散した。
ありがとう。とだけ言って一方的に電話を切った。雪の上に残っている自分の足跡を辿りながら家路を目指す。


どうせ家に帰っても暇だし。と遠回りをして帰ることにした。
足元はびちゃびちゃだし、いっそのこと、とことん濡れて帰るのも悪くない。
普段は行かないショッピングモールがある通りに行ってみたり、裏通りの道を通ってみたり。
初めてが僕のもやもやした気持ちを、少しずつ満たしていく。


ずっと歩いていると、開けたところに出た。
賑やかな街中からは離れ、静かな住宅街が広がっている。
ここも何か初めてがあるかもしれない。
車が通り押しつぶされた雪の下にはコンクリートが見えている。
ずっぽずっぽした雪から抜け出し、コンクリートの上を歩く。
しばらく歩いていくと、目の前は分かれ道になった。
片方は平坦な道で、もう片方は小高い丘に続く坂道だ。
坂の上にもたくさんの家が建ち並び、まるで街を見下ろすように存在している。



あそこから見る景色はどうなっているんだろう…。



好奇心が僕を燻る。気になったら確かめるまで諦めきれない性質なんでね。
誰に言い聞かせるわけでもなく、一人ほくそ笑んだ。
いい運動にもなるだろうと、僕はちょっとキツい坂を登っていく。
ワインディングロード。この坂道はそう呼ぶに相応しい。
曲がりながら登る道を随分歩いた。
ふとマフラーに埋めていた顔を上げると、目の前に女の子が立っている。
桜色の傘を差したその子は、ガードレールの前に立ち、街の方を見つめていた。
すると立ち止まった僕に気付いたその子は、こっちを見てにっこり微笑んだ。



「なにしてるの…?」

「人を待っていたの。そういうあなたは?」



僕は…、と言ってから言葉に詰まった。
ちょっと考えてから、寄り道かな…と答える。
彼女は嬉しそうににっこりと笑った。
彼女の傍まで近寄ると、ほんのり桜の香りがかすめた気がした。春はまだ遠いのに。



「この坂道に植えられてる木は桜なんだよ。春になるとね、桜の並木道に変わるの。」

「それは春が楽しみだね。」

「春に、また会えるといいね…。」



彼女は何か呟いたと思うと、じゃあね!と眩しいくらいの笑顔を向けて僕の右側を横切った。
えっ…と小さく小さく僕の口から洩れた言葉は、またしても白い空気となって消えてしまう。
そしてたった今、ここにいて話をして僕のすぐ横を歩いて行った彼女は、振り返った瞬間にはもう居なかった。
慌てて辺りを見回して、ガードレール越しに坂の下を覗いてみたけど、人の姿は無い。
呆然と立ち尽くす僕は、ここまでの道のりで僕だけの足跡しか無い事を知る。
坂の続きにも誰かが歩いてきた様子はなく、彼女はいきなりそこに現れたかのように存在していた。
また降りだした雪に、いずれは僕の足跡も埋もれて消えてしまうのだろう…。
そう思うとちょっと切ない気持ちが込み上げてきた。


結局、家に着いたのはお昼を回った頃。
足元はすでにびしょ濡れ。靴下を脱ぎ、制服のズボンも膝まで捲りあげる。
鞄を下ろしたそのとき、何かが鞄から転がって出てきた。
ピンク色の袋に包まれたそれ。手に取ってみると中から甘い匂いがする。
リボンを外して中を開くと、中からチョコレートが出てきた。
そして奥の方に桜色の紙切れを見つけて、人差し指と中指で挟んで取り出す。それをそっと開いてみる。



春が待ち遠しいです。



優しい文字が書き綴られている。そしてすぐにこれの持ち主が分かった。
その紙切れから、彼女と同じ桜の香りがほんのり広がってきたから。
何とも言えないくすぐったい気持ちが僕の心を浸食していく。
口に入れたチョコは僕の体温ですぐに溶けて消えてしまう。
甘い味に幸せを覚えながら、僕は浴室へと続く廊下を歩くのだった。





いつかのみのりを待つのでしょう


春まで温めるこの恋心





*バレンタインデー
 当日に間に合った(^^)
 それだけで満足です♪
 ちょっと不思議ネタw
 こういうの凄く好き←


2011/02/14
お題*Largo


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ