short

ロマンチックビスチェ
1ページ/1ページ




ガタン、ガタン、ガタン、


かれこれ15分。電車の動きに合わせて私の体も揺れる。
心地よい揺れに、差し込む朝の日差し。自然に瞼も重くなってくる。
朝の6時台の電車は人があまりいない。
満員になる時間ではないから、余裕で座席に座ることができる。
寝ようと思えば眠れるのだけど…。


電車が停車し、駅のホームにはアナウンスが流れる。
あぁ…次で下りなくちゃいけないな。


だいたい眠くなってくる頃には、もう自分が下りる一つ前の駅あたり。
結局完全な眠りにつけないまま下りることになる。
だから体が重くて堪らないわけなのです。
その上、昨日は夜遅くまで学校の課題をしてて、寝たのは明け方。
眠くて眠くて…。










「…よ、…よう。」



夢の中で誰かが私を呼んでいた。
いや、呼んでいた…というよりは、声をかけられている感じ。
それもとても優しい声で。
その声に導かれるように、私はゆっくり目を開けた。



「おはよう。」

「?!」



その声は夢の中で聞いた声と同じ。
栗色の髪の毛に、翡翠色の瞳。制服を身に纏い、にっこり頬笑んだ男の子が私を呼んでいたのだ。



「あ、あなたっ…誰っ?!」

「さぁ?誰でしょう。」



頬笑みを絶やさず笑いかけてくる男の子。
何が何だか分からず、夢かと錯覚する。
頬を抓ってみるとちゃんと痛いと感じる。ということは夢じゃない。



「ちょっと何してるのさ。そんなことしても痛いだけでしょ?」

「夢かと思って…。」

「夢じゃないよ。それにしても、君…よく寝てたね?学校、大丈夫なの?」



学校…!!
その単語がキーワードとなり、慌てて携帯を取り出して開く。
携帯の時計はデジタル表示で10:20を表示していた。
か、完全な遅刻だっ…!!って何時間寝てんの?!
それに…ここは一体どこ?!!



「ここはね、えーと…あぁ、もうちょっとで伊豆半島かな。」

「伊豆半島?!」



あれ…?私、伊豆まで行くような電車には乗ってないはずなのに…。
いつの間に伊豆まで来ていたらしい…。ってそんなことじゃなくて!
学校どうしよう…!!大切な補講があるのに…!!
私の頭は爆発寸前だった。それにも関らず、目の前の男の子はお腹を抱えて笑いを堪えている様子。



「ちょっと、何がおかしいんですか!」

「いや、君がさ、あんまりも面白い反応するからっ…。」



初対面のくせにとても失礼。しまいには大きな声で笑っている。
他の人の迷惑も考えなさいよね。と辺りを見回す。けど、この車両には私たち以外誰も乗っていない。
ちょっと体を前に倒して隣の車両も反対側の車両も見るけど、どうも人の気配がない。
なんだかそれはそれで不気味な感じだった。外は明るいのに、どこか暗い。
でも目の前の男の子はそこに存在してて、唯一現実だと証明してくれる存在だった。



「学校、どうする?」

「行きますよ。次の駅で降りて戻ります。」

「ふーん。ねぇ…どうせならこのままサボっちゃおうよ。」

「はっ?!」

「伊豆の海は綺麗だよ。」



差しだされた手を振り払えなかったのは、どうしてだろう…。
私はその手を掴んで、発車のベルが鳴り響く中、ホームへと足を着いた。
その足で海まで見知らぬ男の子と歩いた。
なんだかとても不思議。どこか心の中を満たしていくような感覚。
それがとてもくすぐったくて、だけどどこか気持ちよくて…。
私、変になっちゃったのかな?



「ほら海!」

「わぁっ…。」

「僕、海なんて来たの何年ぶりかなぁ…。」

「私も小学生のとき以来。」



太陽の光を反射してキラキラ光る水面は、どんな宝石よりも綺麗だと思った。
まさに自然の産物っていうか、天然の宝物みたいな。


突然男の子は自分の着ていたカーディガンを脱ぎ始める。
ズボンの裾を膝上まで捲りあげ、靴も脱いで海まで走って行った。



「うわ冷たい!ほら、君もおいでよ!」



そう言って手招きをしてくる。なんだかはしゃぎ方は小学生みたいで笑えた。
けどとても楽しそうで、私も靴とハイソックスを脱いで海に飛び込む。
もう夏も終わりと言えど、海の水は冷たくて私の足から熱を奪っていった。



「めっちゃ冷たいっ…。」

「だよね。でも慣れればひんやりして気持ちいいよ。」



しばらくしていると、男の子の言うとおり…水の冷たさに慣れ、それを気持ちいいと感じるまでになった。
日差しは暑いから、海の冷たさがちょうどいい。もうすぐ夏休みも終わりじゃんって空に浮かぶ出来かけの入道雲に手を伸ばす。



「夏も終わりだね。」

「だね…。」

「夏休みは満喫出来たの?」

「ぜーんぜん。来年は受験で忙しいから、今年は目一杯遊ぼうと思ってたのに、何もしないまま終わっちゃうよ。」



進学校じゃ夏休みなんてあってないようなもの。二年生の私でさえ、夏休みは午前中いっぱい補講を受ける。
それに八月の最後の一週間は完全に登校日。午後まで授業がある。明日からそうだと思うと気が重くなる。
また現実に帰っちゃうんだな…結局、現実逃避なんて無理なこと。



「学生の内は、遊ばないと損だよ。」

「知ってる。」

「大人になったら、遊ぶことの大切さも、楽しさも、忘れてしまいそうな気がする。」

「…。」

「これこそ、ピーターパンシンドロームだよね。」

「大人になりたくないってやつでしょ。」

「そう。」



見た目は十分大人に近づいているのに、心はまだ大人になりたくないって言ってる。



呟いた言葉は波にさらわれて消えてしまった。
ぽっかりと心に空いた穴は、いつしかパズルのピースのように埋まってくれるのだろうか。
まだ子供の私には、そんなこと分からない。あと何年、何十年…それすら知ることのない未来。



「さぁて、そろそろ帰ろう。長居すると風邪引きそうだもん。」

「うん…。」



脱ぎ捨てた鞄や靴を拾っては、一つひとつ…また私を時間の歯車に乗せていく。
このまま海がさらって行ってくれたらいいのに。
こんな気持ちも、現実も、私も…。そんな願いすら叶わない。


男の子の後ろ姿を見て、より一層…帰りたくないという気持ちが募った。
初めて会った彼に、私はどこか心の拠り所を覚えてしまったの。それさえも不思議だよね。





帰りの電車も私たち以外に誰も乗っていなかった。
私の隣には男の子。お互いに前を向いたまま微動だにしなかった。
彼も私を見なかったし、私も彼を見ることはなかった。
きっともう二度と会う事はないと、そう思ったから。
今日初めて会ったのに、また会いたいと願ってしまう自分が嫌だった。
そんな気持ちを捨ててしまおうと、瞼をゆっくり閉じる。


ガタン、ガタン、その揺れがまた私を夢の中へと誘う。
そしてまた声が聞こえた。ここに来るときに聞いた声と同じ声で



またね…



はっ!となって顔を上げれば、本来私が下りなくちゃいけない駅。
発車のベルが鳴ったから、私は慌てて飛び降りた。
電車のドアはゆっくり閉まり、ガタンガタンと遠く小さく見えなくなっていった。


あれは…夢だったの…?


携帯のディスプレイを見れば、7時ちょうど。
やっぱり…夢だったんだ。ぱたんと閉じた携帯を鞄に仕舞い込んだ。
その足で学校まで歩いて向かう。



8時半に予令のチャイムが鳴る。
ホームルームが始まる前にはみんな自分の席に着いていた。
ほんのり焼けている子もいれば、がっつり焼けている子もいる。
それぞれの夏休みが終わろうとしていた。
教室を見回していると、入口の戸が開き、先生が入ってきた。
いつものように教卓の前に立ち、出席確認から入るのだと思っていると、先生の話が始まった。



「夏休みのこんな時期ではありますが、みなさんに転校生を紹介します。」



先生は廊下の方に向かってその先に居る転校生に入るよう呼び掛ける。
そのとき、私の頭の中で今朝の夢の中の声が聞こえた気がした。



「沖田総司です。よろしくお願いします。」



教卓の前に立ったのは、紛れもなく夢の中の男の子だった。
ふと彼と視線が交わる。にっこり微笑まれ、彼の唇が小さく動くのが見えた。
その言葉が夏の気温に冷め始めた体をじんわりと温めていった。





おはよう。また会えたね。





ロマンチックビスチェ


夢でも幻でもなく、現実でありました





*沖田さん短編
 ちょっと不思議ちっく
 夏の思い出風(^^)笑

2010/08/24
お題*Largo


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ