Novel
□プロローグ
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ふと、何かを感じた。
何かといっても、たいした何かではないのかもしれない。
だが、その違和感は彼女を深い眠りから引きずり出した。
目を覚ました彼女は、暗闇の中で折り重なる兄弟たちの体をそっとまたぎ越し、
無数の星がまたたく夜空をその瞳に映した。
星空はあくまで美しかった。
銀砂という表現がぴたりと当てはまる、砂漠からひとすくいの砂を持ってきて
漆黒の闇にこぼしたらこうなろうかという満天の星空。
彼女はしばらく雄大な銀河を眺めていたが、にわかにぶるっと体を震わせた。
まだ秋の半ばとはいえ、夜は冷え込むようになってきた。彼女はまだ幼い雛だ。
産毛の大半は抜け落ちたものの、まだ1羽きりで冷たい夜気の中を
立っていられるほど、大人の羽根は生えていない。
彼女はもう一度身震いすると急いで巣兄弟の下にもぐりこんだ。
母の羽毛を敷き詰めた巣の中は、ふわっと暖かい匂いがした。
目を閉じる前に、再びあの違和感を感じた。
これは何?
この、筆毛の先がむずむずするような、頭の後ろがちくちくするような奇妙な違和感は何?
けれど、小さな雛鳥には何もわからなかった。
彼女は突然母を失ったかのような大きな不安に襲われながら眠りへと戻っていった。
* * *
小さな幼い雛鳥の彼女が眠りに落ちた頃、
同じく真っ暗闇の森でカラスの夫婦が星を眺めていた。
「……明日が舞鷹祭の日だな」
首をすくめて頭を羽の中にうずめた雄カラスがぼそりと言った。
雌は黙って銀河を見つめている。
「今回は何が起きるんだろう……」
「…悪いことじゃないといいわね」
やがて、雌がそっと口を開いた。雄は低い声で慎重に答える。
「ああ。だが、最近はずっといいことが続いてる。
前回は雨が多くなって砂漠が少し減った。
前々回は風が変わって病根の腐りかけてた疫病を完全に追い払った。
それに前々前回は…あいつが生まれた」
「…悲観的に考えてたらそういう風に傾いちゃうわ。少しはいいほうに傾けようとしないと」
いささか目を細めながら言った雌に、雄はやさしく微笑みかけた。
「そうだな、ナイベカ。あいつもおんなじこと言ってたしな。……あいつの受け売りか?
ま、今日という日は勘弁しといてやるよ」
「ふふ、あなたっていっつも私にそうよね。いつもいつも勘弁してくれちゃって」
そう言いながら雌はにっこりして連れ合いの肩に頭を預けた。
雄も笑い返したが、2羽とも目元は笑っていなかった。
2羽は切望していた。
何も悪いことが起きませんように。
500年に一度の神聖なお祭りがもたらすものは、
良くも悪くもとても強大だったのだ……。
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