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□名前から始まる恋(べるぜ/古×男)
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「なぁ…男鹿ってどうして名前が辰巳なんだ?」
何気ない言葉だったと思うが、男鹿は俺の言葉に普段の表情に似合わないきょとんとした顔をしてみせた。
「な、何でって…あー…知らねえよ。俺の親にでもなんでも聞けばいいだろうが。」
なんでそんなつまらない質問を今更…とでも言うような怪訝な瞳を向けてきた。
そりゃそうだ。
俺もどうかしていると思う。ひょんな事から魔王の親代わりに選ばれてしまった幼なじみは、前の日常とはかけ離れた日々を送っている。目の前で起こる新しいことに対処するのでいっぱいいっぱいのはずなのに、何故か俺は男鹿の名前の由来について質問する。

笑える。

自分自身におかしくなり、つい口元が緩んだ。
それをみた男鹿はぎょっとした。
「ふ、古市…どうしたんだお前。気持ち悪いぞ。なっ、ベル坊。」
「アダッ!」
背中に張り付いていたベル坊は元気よく返事を返した。
「うるせぇ!…ったく、なんで俺もこんな女子みたいな会話をしようとしたんかねぇ。」
「女子は名前の由来について語り合うのかよ?」
「いや…そうひとえには言えないけど…お前だってなんとなく分かるだろ。」
「知らねえ。」
簡潔に一言、そう言った。
なんだろう…
さっきから、お腹のあたりがくすぐったい。
ただの会話。日常的な、つまらない会話なのに何故か心は弾む。
そうか、このくすぐったさは嬉しさなのだと気づく。
でもおかしい。
会話なんていつもしているじゃないか。
ベル坊のこと、ヒルダさんのこと、東邦神姫のこと、ベル坊のこと…

ああ、そうか。

全てが分かった。

この会話は俺と男鹿だけの会話なんだ。他の誰も話題に上がっていない。
ただ、それだけのことなのに。

「どうしてこんなに嬉しいんだろうな。」
「は?」
「ダッ?」
俺の言葉に反応した男鹿とベル坊の間の抜けた顔は、本当にそっくりでますます可笑しくなった。
一人で笑っている俺を見て二人はさらに怪訝な顔になり、「ヤバい、古市が狂っちまった…」と本気で心配している声をもらしていた。
ようやく笑いがおさまった俺は、目に溜まった涙を拭いた。
「おい…大丈夫かお前。色々なことがありすぎておかしくなっちまったんだな。可哀想に…ご臨終様。」
「こらっ!勝手に殺すな!ご愁傷様と間違えてるんじゃねぇだろうな?」
あ、額に汗。
無表情で分かりにくいがこれはそうとう焦っている時の表情だ。
男鹿はたまに間違えた言葉を発するときがあるからな。その時はすかさず俺が注意してやる。
「古市の…バカめ。」
バカ言ったなこのヤロウ。いつも言われてるけど。

だったら、俺も。
「うるせえよ辰巳ちゃん。」
「あ゛ぁ!?」
この言葉は予想外だったらしく、目を丸くした。
「俺が男鹿に名前の意味を聞いたのは、女の子みたいな名前だからだよ。少しも考えたことなかったのか?た・つ・み・ちゃん!」
そう、男らしい漢字で案外分かりにくいがたつみという名前は女の子の方が多かったりするのだ、実は。
男鹿はいつも通りのしかめっ面だったが、心なしか呆けた顔をしている。
あれ?
ど、どうしたんだ?
もしかして俺、マジで殴られる五秒前?
思わず身構えたが、いつまでたっても男鹿は動かない。
「アダー…」
ベル坊も男鹿の様子に気づき頬をぺちぺち叩いた。
ああああ、やめてくれ刺激しないでくれ。
今にも殴られるのではないかと血の気が引いたが、予想に反して男鹿は溜め息をつきそっぽを向いた。
「付き合いきれんよ古市くん。バーカ。」
お?
なんだその大人な態度は?
というかまたバカっつったな。
「おい待てコラ!男鹿のくせに俺をバカ呼ばわりするとは…………あ?」
勢いで男鹿の肩を掴み、強引に振り向かせるとそこには今まで見たことがない男鹿の顔があった。
節目がちな目に、朱色に染まった頬。

何だ…
なんてこった…


男鹿が、照れてる。


男鹿に感情はあることは知っていた。俺以外の不良共には分からないだろうが、一応こいつも血の通った人間だ。俺は幼なじみなのでよく分かる…分かるのだが……

照れるなんて感情、男鹿にはないと思ってた。
しかもその感情を引き起こしたのは俺、なんて。

「男鹿…」
名前を呼ぶ以外、言葉が思いつかない。
朱色に染まった頬に触れてみたくて、そっと手を近づけた。
ぴくりと男鹿の体が動いた。
なんだその反応は。
や、ヤバいぞ。本当に俺は狂っちまったのかもしれない。
「古市…」
いやいや。待て待て。俺はとにかく女子が好きなはずだ。こいつは幼なじみという甘酸っぱい言葉よりむしろ腐れ縁と呼んだ方が正しい。
それなのに。
俺を呼ぶ声と、いつもより若干垂れた眉を見て俺の心臓の鼓動は高鳴る。

ドキドキ、ドキドキ。

誰か俺の中に小人がいて、俺の胸をガンガン叩いてるんじゃねえだろうな?
俺だけドキドキしているんじゃ、悔しいじゃないか。
だから俺はトン、と男鹿の胸に手を押し当てた。
「なっ、何だよ…」
驚いた男鹿は俺の手を掴んで離したが、俺は気づいてしまった。

バックンドッキンドガガガガ!

もはや心臓の音じゃねぇなんの音だと思うが、俺以上に心臓は高鳴っていた。
それが、とても嬉しくて。

少し背伸びして、
目を瞑って、
唇と唇を重ねた。


(名前から始まる恋)


あとがき
辰巳って名前可愛いよね…的な感じからこの話を思いつきました。
誰だコイツラ(--;)

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